移転価格・過少資本・利子税制の完全ガイド|文書化・税務調査・除斥期間まで網羅解説

目次

第1章|移転価格税制の独立企業間価格

~グループ内取引価格の適正性をどう確保するか~

はじめに|移転価格税制の意義

企業グループが国境を越えて事業を展開する中で、グループ内での取引価格をどのように設定するかは、税務上極めて重要な論点となります。
特に、税率が異なる国同士の取引では、取引価格の設定次第で各国の課税所得が大きく変動する可能性があるため、税務当局はその適正性を厳格にチェックする姿勢を強めています。

こうした中で、日本を含む各国が採用しているのが「移転価格税制」です。
この制度の根本的な考え方は、関連者間で行われた取引についても、独立した第三者間であれば成立したであろう価格で取引がなされたものとみなすという点にあります。
すなわち、「独立企業間価格」に基づいて取引を評価し、法人税の課税所得を算定するという制度的枠組みが設けられているのです。

本章では、移転価格税制の適用対象や独立企業間価格の考え方、そしてその具体的な算定方法について整理していきます。

国外関連者と国外関連取引の定義

まず、移転価格税制が適用される前提として重要となるのが、「国外関連者」と「国外関連取引」の定義です。
制度の射程を正しく理解するためには、どのような関係にある法人同士の取引が対象となるのかを明確にする必要があります。

国外関連者の範囲

「国外関連者」とは、取引の相手方が一定の特殊な関係を有する外国法人であることを指します。

具体的には、以下のような関係にある外国法人が該当します。

  • 親子関係:いずれか一方の法人が、相手方法人の発行済株式または出資の50%以上を直接または間接に保有している関係
  • 兄弟関係:同一の者が、複数の法人それぞれについて、50%以上の株式または出資を保有している関係
  • 実質支配関係:役員の兼務や資金の貸借、取引依存等により、事業方針の全部または一部を実質的に決定できるような関係
  • 間接支配関係:上記のような関係が複数連鎖して形成されている間接的な支配関係

特に実質支配関係においては、形式的な株式保有に限らず、「支配の実体」があるかどうかが判断基準となります。

国外関連取引の範囲

国外関連者との間で行われる取引のうち、次のような内容が「国外関連取引」として制度の対象となります。

  • 棚卸資産や固定資産の販売・購入
  • 特許権などの無形資産の譲渡・使用
  • 役務の提供(例:技術援助やマーケティング支援等)
  • 金銭の貸借(例:貸付・借入に伴う利子の支払い)
  • 債務免除や金銭贈与等、法人からの一方的な支出

なお、非関連者を経由した場合であっても、一定の要件を満たす場合には国外関連取引として取り扱われることがあるため、実務上の判定は慎重に行う必要があります。

独立企業間価格の考え方

移転価格税制における最も中心的な概念が「独立企業間価格(Arm’s Length Price:ALP)」です。
これは、独立した立場にある第三者同士であれば、同様の取引において成立していたであろう価格を意味します。

国外関連取引について、実際の取引価格がこの独立企業間価格と乖離している場合には、税務上は独立企業間価格で取引が行われたものとみなして所得を再計算することになります。

たとえば、国外関連者に対して通常よりも安い価格で商品を販売していた場合には、その差額分だけ日本国内の所得が減少していると判断され、税務上の調整が行われることになります。

独立企業間価格の算定手法

独立企業間価格の算定にあたっては、各取引の実態や機能、リスク分担等を考慮した上で、もっとも適切と考えられる方法を選定することが求められます。
具体的には、以下のような算定手法が設けられています。

1.独立価格比準法(CUP法)

CUP法は、同様の取引について独立第三者間で成立している価格(比較対象取引の価格)を基準に算定する方法です。比較対象取引が内部にある場合にはそれを基準とし、内部にない場合には外部の類似取引価格を用います。

第三者間取引の価格と国外関連取引の価格を直接比較するため、最も信頼性の高い方法とされていますが、比較可能な取引事例が存在しない場合には適用が困難となることもあります。

2.再販売価格基準法(RP法)

RP法は、国外関連者から商品を仕入れて国内で販売するような場合に用いられる手法です。
販売価格から通常の利潤(売上総利益)を差し引いた金額を、国外関連取引の価格(仕入価格)として評価します。

再販売価格-通常の利潤=独立企業間価格

この通常の利潤は、同種の資産を取り扱う非関連者の売上総利益率等に基づいて計算されます。

3.原価基準法(CP法)

CP法は、国外関連者が国内法人に商品を供給している場合などに適用され、売手側の原価に通常の利潤を加算することで独立企業間価格を算定する方法です。

取得原価+通常の利潤=独立企業間価格

利潤の水準についても、類似の第三者間取引を参照して算定します。
RP法と同様、原価基準法でも内部比較が優先され、なければ外部データを使用します。

4.利益分割法(PSM)

利益分割法は、取引に関与する各当事者の機能やリスク負担等に基づき、合算利益を按分するという考え方に基づいた手法です。

以下の3類型があります。

  • 比較利益分割法:類似取引を基準に配分比率を設定する
  • 寄与度利益分割法:人件費や資産使用額等の寄与度で配分
  • 残余利益分割法:通常利益を差し引いた残余利益を配分

無形資産の活用や共同開発のように、単純な原価や再販売価格だけでは評価が難しい取引に適しているとされています。

5.取引単位営業利益法(TNMM)

TNMMは、営業利益の水準に着目して独立企業間価格を評価する方法で、次の2つに分かれます。

  • RP法準拠型:再販売価格に対する営業利益率に基づく調整
  • CP法準拠型:取得原価に対する営業利益率に基づく調整

営業利益水準を比較対象取引と比較することで妥当性を確認します。
販売や製造等の活動が単純な構造を持つ場合に有効とされます。

6.その他の方法(DCF法等)

比較対象取引が存在しない場合や、無形資産取引等のように予測キャッシュフローに基づいて評価すべきケースにおいては、**ディスカウント・キャッシュ・フロー法(DCF法)**などの方法も採用されます。

DCF法では、将来得られると見込まれる利益の現在価値を合理的な割引率で算出し、それを独立企業間価格とみなします。
ただし、この方法は予測に基づく評価であるため、一定の不確実性が伴うことを前提に取り扱われています。

算定方法の選定における留意点

独立企業間価格の算定手法は、複数の方法のうちから「最も適切な方法」を選定することが求められます。その際には、以下の観点を重視する必要があります。

  • 算定方法ごとの特性と限界
  • 各当事者の機能・リスク・資産の分担状況
  • 入手可能な比較対象データの有無
  • 取引内容と第三者間取引との類似性の程度

必ずしもすべての取引に同じ方法を適用できるわけではなく、事案ごとに丁寧な検討が必要です。

第2章|文書化義務と除斥期間特例

~税務リスクを軽減するための適切な情報整備と対応体制とは~

文書化義務の基本構造

移転価格税制における文書化義務は、税務当局と納税者との間での認識の齟齬を防ぎ、適正な課税を確保するために重要な役割を果たします。
取引の実態が多国籍にまたがる場合には、取引の背景や価格設定の根拠を明確に記録・保管しておくことが不可欠です。

平成28年度の改正により、文書化制度は大きく見直され、いわゆる三層構造が導入されました。
納税者には、以下の3種類の文書の作成・保存および提出義務が課されています。

ローカルファイル(LocalFile)

ローカルファイルは、個別の法人が国外関連者と行った取引について、その取引価格が独立企業間価格であることを示すための詳細資料です。
取引類型ごとの内容、価格設定方法、その算定根拠に加え、比較対象取引や利益率等を記載しなければなりません。

対象法人は、前事業年度の国外関連取引総額が一定基準(例えば、総額50億円以上や無形資産取引額3億円以上など)を超える場合で、確定申告書の提出期限までに作成または取得し、保存しておくことが求められます。
税務調査において提示を求められた場合には、原則45日以内に提出しなければなりません。

マスターファイル(事業概況報告事項)

マスターファイルは、企業グループ全体の事業活動、組織構造、収益構造、無形資産の保有・使用状況、グループ内取引の概要などを示す文書です。
対象となるのは、連結総収入金額が一定規模(例:1,000億円以上)の多国籍企業グループに属する法人です。

このファイルは、国際的な租税回避行為への対抗措置として、多国間で情報交換を行うための基礎資料と位置づけられています。
作成したファイルは、原則として最終親会社の会計年度終了日の翌日から1年以内に税務当局へ電子的に提供する必要があります。

国別報告書(Country-by-Country Report, CbCレポート)

CbCレポートは、各税務管轄地における売上、利益、納税額、従業員数、資本額、有形資産等を記載するもので、企業グループの利益配分や納税状況の透明性を確保する目的があります。
マスターファイルと同様に、連結総収入金額が一定額以上の多国籍企業グループに義務付けられています。

この報告書も、作成後1年以内に提出する必要があり、税務当局間の情報交換の基礎資料として利用されます。

情報提供義務と申告時の添付書類

文書化義務とは別に、移転価格税制においては、国外関連者に関する一定の情報を、申告書に添付して提出することが義務付けられています。
この情報提供義務は、法人が国外関連者との間で取引を行った際に、その実態を税務当局に予め開示しておくためのものです。

申告時に求められる提出事項

法人税の確定申告書には、国外関連者に関する事項を記載した書類を添付する必要があります。
これには、以下のような内容が含まれます。

  • 国外関連者の名称および所在地
  • 主たる事業および資本金の額
  • 法人との特殊関係の区分と保有割合
  • 各取引の種類別にみた支払・受取金額
  • 事前確認の有無

この情報は、別表様式にまとめて税務当局へ提出されます。
提出内容は、取引価格の適正性を審査する基礎資料として活用されるため、記載ミスや漏れがないように注意が必要です。

税務調査における資料提出と推定課税

国外関連取引に関する税務調査では、通常の国内取引に比べて情報入手が困難となる場面が多くなります。
このため、調査担当官からの質問や資料の提示依頼に対して、適時適切に対応できる体制を整えておくことが重要です。

調査時の提出義務とその範囲

移転価格調査では、税務当局からの要請があった場合に、独立企業間価格を算定するために必要な資料を遅滞なく提出する義務があります。
これには、国外関連者との契約書、価格設定の内部資料、比較対象取引に関するデータなどが該当します。

国外関連者に関する資料の中には、相手国の法令により国外持ち出しが禁止されているものもあるため、可能な範囲で翻訳・要約等を行い、当局の求めに応じた形で提供する必要があります。

提出が遅れた場合や不十分な資料しか提示されなかった場合には、税務当局が同業他社のデータや外部資料を用いて独自に価格を算定し、いわゆる「推定課税」を行うことが可能となります。

不提出・不答弁に対する罰則

税務調査における質問に対して、答弁を拒否する、あるいは虚偽の答弁を行うなどの対応があった場合には、罰則の対象となります。
罰則の内容としては、通常の加算税に加え、重加算税が課される可能性もあるため、文書の整備や社内対応方針の明確化が重要です。

また、推定課税が行われた場合には、納税者側に有利な修正は困難となるため、初動段階で正確な情報提供を行うことが現実的な対応といえるでしょう。

第三者に対する質問検査権の行使

必要に応じて、税務当局は同業他社や比較対象となる事業者に対しても質問検査を行うことができるとされています。これは、移転価格の適正性を判断する際に、比較可能な第三者取引の実態を把握するために用いられる制度です。

調査を受ける法人としては、他社への照会が行われる可能性もあるという点を踏まえ、取引内容の開示や説明にあたっては一貫性と整合性のある説明資料を準備しておく必要があります。

除斥期間特例とその延長措置

通常、法人税の更正処分が可能な期間、いわゆる「除斥期間」は、原則として5年とされています。
しかし、移転価格事案においては、国外関連者との取引の内容や価格の算定根拠について、詳細な分析と国外資料の取得が必要となるため、標準的な期間では対応しきれないと判断されています。

こうした背景から、移転価格事案については除斥期間が特例として延長されており、次のような段階的措置が講じられています。

  • 旧制度では6年に延長
  • 令和元年度の改正により、7年まで延長

この延長措置により、移転価格税制に係る更正のリスクが長期にわたって残ることになります。
企業側としては、調査開始から年数が経過していても、十分な資料が保存・管理されているか、体制として対応可能かどうかの点を常に意識しておく必要があるでしょう。

第3章|過少資本税制・過大支払利子税制

~資本構成と利子支払に対する税務上の制限をどう捉えるか~

はじめに

内国法人が外国の親会社等から資金を調達するにあたって、出資ではなく借入を選択することによって租税負担を軽減しようとする動きは、これまでも一定の指摘がなされてきました。
なぜなら、支払配当は損金に算入されないのに対し、借入金に係る利子は損金に算入され得るからです。
こうした資金調達形態の選択が、結果的に課税所得を不当に圧縮する結果をもたらす可能性も否定できません。

このような租税回避的な動きを抑制するため、日本では「過少資本税制」と「過大支払利子税制」という2つの制度が導入されています。
本章では、それぞれの制度の仕組みと対象範囲、両制度の適用関係などについて整理します。

過少資本税制の趣旨と仕組み

制度の背景

過少資本税制は、外資系企業などが出資に比して過大な借入を行い、その利子を損金に算入することによって日本国内での法人税負担を軽減する行為に対応するものです。
平成4年の税制改正により導入され、現在では広く実務に定着しています。

この制度の基本的な考え方は、一定の資本倍率(通常は3倍)を超える国外関係者からの借入については、超過部分に対応する利子を損金に算入しないというものです。

対象となる負債と利子

対象となるのは、国外支配株主等や資金供与者等からの負債であり、これには以下のような取引も含まれます。

  • 国外支配株主等が第三者に債務保証を行い、第三者が法人に資金を貸し付けた場合
  • 債券が担保提供や貸付取引等を通じて実質的に資金供与されたと認められる場合

また、利子には単なる利息だけでなく、債務保証料や債券使用料等も含まれ、これらも損金不算入の対象となることがあります。

判定の基準と計算方法

判定においては、平均負債残高と資本持分の比率に基づき、以下の要領で損金不算入額が算定されます。

  • 負債残高が国外支配株主等の資本持分の3倍以下である場合には、利子は原則として損金算入が可能
    保証料については、その全額が損金に算入されるわけではなく、判定上の平均負債残高に基づき、按分計算によって一部が不算入とされる
  • 3倍を超える部分に対応する利子等については、その超過割合に応じて損金不算入

また、判定に際しては国内資金供与者との負債も考慮され、国内外の平均負債残高や保証料等の金額に基づいて具体的な按分が行われます。

過大支払利子税制の概要と運用

制度創設の経緯

過少資本税制が資本に対する負債の過大性を規制するものであるのに対し、過大支払利子税制は「所得に対する支払利子の比率が過大であるかどうか」という別の視点から規制をかける制度です。

平成24年度の改正で導入され、移転価格税制や過少資本税制では対応しきれない租税回避に対応する補完的な仕組みとされています。

損金不算入の判定基準

本制度では、調整所得金額(EBITDA)に対して支払利子等が20%を超える場合、その超過部分の金額については損金不算入となります。
ここでの「対象支払利子等の額」は、支払利子から受取利子等を控除した純額で評価されます。

また、この調整所得金額には、関連者への支払利子や減価償却費などを加算するなど、EBITDA的な構成が採用されており、一定の修正項目が設けられています。

適用除外と繰越

この制度には、少額取引等に対する適用除外(2,000万円以下)や、関連者への支払利子が総額の20%以下である場合など、いくつかの適用除外規定も設けられています。

また、損金不算入とされた金額は翌期以降7年間にわたり繰り越すことが可能であり、繰戻しは認められていませんが、将来的な所得と相殺できる余地がある点も考慮が必要です。

両制度の適用関係

過少資本税制と過大支払利子税制のいずれか一方だけが適用されることになる場合があるため、実務上はその適用関係も重要です。

  • 過少資本税制による損金不算入額が小さい場合には、過大支払利子税制が適用される
  • 一方で、過大支払利子税制による金額が小さい場合には、過少資本税制が優先される

また、外国子会社合算税制と重複適用される場合には、重複排除のための控除調整が行われることとされており、税務計算における整合性の確保が求められます。

このように、いずれの制度も単体で完結するのではなく、他の制度と組み合わせて適用される場面が多いため、制度横断的な理解と対応が必要になるといえます。

免責事項

本記事は、移転価格税制、文書化義務、過少資本税制および過大支払利子税制の制度概要を整理したものです。
内容はあくまでも制度的な整理を目的としており、個別の税務判断や実務処理を行う際には、税理士へのご相談を推奨いたします。

また、本記事の記載内容は、今後の法令改正や通達等の変更により影響を受ける可能性があります。
常に最新の制度内容をご確認の上、適切な対応をお願いいたします。
なお、本記事により生じたいかなる損害等についても責任を負うものではありませんので、あらかじめご了承願います。 

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この記事を書いた人

運営者:はち(執筆・運営・構成)
会計プロフェッショナル資格保有/簿記上級資格保有/ファイナンス実務経験者

上場企業・IPO準備企業・中小企業に対して、会計処理の確認及び助言・内部統制構築・M&A支援・資金調達支援・買収後の統合支援等を経験。
10社以上の企業に財務面から携わってきた実務家です。

静かな資産形成=数字に惑わされず、自分の判断軸で積み上げていくことを信条に、投資初心者にもやさしく、かつ本質的な記事を執筆しています。

Quiet Money Labでは、不動産クラファン、投資信託、ロボアド、自動売買FXなどの少額投資記事を中心に、数字から投資のリテラシーを育てる内容を構成・執筆しています。

運営者:はな(監修・ライフプラン・保険分野)
ファイナンシャルプランナー資格保有/保険会社勤務

資産設計・保障見直しに携わる現役FP。
保険・NISA・iDeCoなど、資産形成とライフプランに関わる相談業務を行っています。

Quiet Money Labでは、主に積立NISA・ロボアド・保険と資産形成のバランスといったテーマについて、内容の正確性・実用性の監修を担当。

「難しい言葉ではなく、伝わる言葉で安心を届ける」をモットーに、読者にとって等身大の情報提供を意識しています。

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