第1章|圧縮記帳の三形態と効果
~課税の繰延べとしての制度的意義と圧縮限度額の具体計算を理解する~
圧縮記帳制度の意義と基本構造
圧縮記帳とは、一定の政策目的に基づく取引により法人が受け取った補助金、保険金、収用補償金等の収益について、将来の資産取得等に充当したことを要件に、その課税を将来に繰り延べることを認める制度です。
法人税法第22条第2項により、法人の収益は原則として益金に算入されますが、圧縮記帳の適用により損金算入が認められ、減価償却や譲渡時に課税が実現される仕組みです。
この制度の特徴は、課税を免除するのではなく、「繰延べ」によって政策目的や企業の再建支援に配慮する点にあります。
圧縮記帳の類型と制度別の適用構造
圧縮記帳は、実務上の適用場面に応じて、大きく以下の三形態に分類されます。
贈与型
補助金や工事負担金、非出資組合からの賦課金などにより固定資産等を取得した場合に適用されます。
資産の取得目的が明確であり、贈与的な性格を有する金銭であることが前提です。
適用例:
- 国庫補助金で取得した固定資産(法42~44)
- 工事負担金で取得した施設資産(法45)
- 賦課金で取得した試験研究用資産(措法66の10ほか)
交換型
旧資産を他の資産と交換する場合において、資産の種類と用途が同一であり、交換差金が一定の額にとどまるときに適用されます。
旧資産の帳簿価額と交換取得資産の時価との差額が課税対象となるところ、これを繰延べる形で圧縮記帳が認められます。
適用例:
- 1年以上保有した土地・建物等の交換(法50)
売買型
災害等による資産減失に対して保険金を受け取った場合や、収用等により補償金を得た場合に、その金銭で代替資産等を取得したときに適用されます。
資産の買換えにより政策目的を満たすことが要件となります。
適用例:
- 保険金により取得した代替資産(法47~49)
- 収用換地等による代替取得(措法64ほか)
- 特定資産の買換え(措法65の7~9)
圧縮経理の方法
圧縮記帳を行うには、確定決算において以下いずれかの方法により所定の会計処理を行う必要があります。
- 帳簿価額を直接減額する方法
例:機械装置圧縮損×××/機械装置××× - 圧縮積立金として計上する方法(損金経理)
例:圧縮積立金積立損×××/圧縮積立金××× - 剰余金の処分として積立金を計上する方法(別表四で減算)
例:剰余金の処分×××/圧縮積立金×××
いずれの場合も、申告書に別表十三(一)~(九)を添付し、明細書として適切に記載することが必要です。
圧縮限度額の具体的な計算方法
1.保険金で取得した代替資産の圧縮限度額(法47)
保険金によって代替資産を取得した場合、その保険差益金に以下の係数を乗じて圧縮限度額を算出します。
圧縮限度額=保険差益金×(代替資産の取得に充てた保険金/(保険金-損害関連経費))
ここでの保険差益金は次の式で計算されます
保険差益金=受取保険金-(損害関連経費+被害資産の帳簿価額)
このように、保険金がすべて再取得に充てられていない場合や経費控除後の残額が小さい場合において、圧縮限度額が圧縮記帳可能額の上限となります。
2.交換型における圧縮限度額(法50)
圧縮限度額は交換形態に応じて以下の通り異なります。
交換差金等がない場合
圧縮限度額=交換取得資産の時価-(譲渡資産の帳簿価額+譲渡経費)
取得資産+交換差金等を受け取った場合
圧縮限度額=交換取得資産の時価-{(譲渡資産帳簿価額+譲渡経費)×(交換資産の時価/(交換資産の時価+交換差金等))+取得経費}
譲渡資産に交換差金等を上乗せして交付した場合
圧縮限度額=交換取得資産の時価-(譲渡資産帳簿価額+譲渡経費+交換差金等)
これらは実質的に資産の継続使用とみなされる交換に対して、過大な課税が行われないよう調整する意図があります。
3.収用・換地等による圧縮記帳の限度額(措法64)
4.特定資産の買換え時の圧縮限度額(措法65の7~9)
特定の市街地等にある資産を譲渡して、別の資産を取得した場合には、次の式で限度額が計算されます。
圧縮限度額=圧縮基礎取得価額×差益割合×圧縮割合
ここでの各要素は以下の通りです
- 圧縮基礎取得価額:買換資産の取得価額と譲渡資産の対価の額のいずれか少ない方
- 差益割合:(譲渡資産の対価-譲渡資産の帳簿価額-譲渡費用)/譲渡資産の対価
- 圧縮割合:80%
なお、先行取得資産が減価償却資産である場合には、帳簿価額と取得価額との比率を調整して圧縮限度額を計算する補正が入ります。
第2章|資産の評価損の計上要件
~税務上の評価損認定のルールと実務で求められる判断基準~
評価損の基本的な考え方と法人税法上の立場
法人が保有する資産について、帳簿価額と時価に乖離が生じた場合、その差額を損失として計上する「評価損」が問題となります。
会社法上は、保守主義の観点から未実現損失の早期認識が要請され、企業会計原則においても損失性の高い資産については評価損の計上が認められる傾向があります。
これに対し、法人税法では取得原価主義を原則としており、課税所得の恣意的な調整を防ぐという観点から、資産の評価損については、原則として損金の額に算入しない取扱いとされています(法法33①)。
法人が帳簿上評価損を計上していても、それが税務上認められなければ、所得計算上は帳簿価額の減額がなかったものとみなされる取扱いとなります(法法33⑥)。
評価損の損金算入が認められるケース
ただし、一定の客観的事実がある場合には、例外的に評価損の損金算入が認められます(法法33②~④、令68)。
このようなケースは、主に次の二つに大別されます。
1.災害や使用不能等の「物損等の事実」
災害等によって資産に著しい損傷が生じ、その結果として資産価額が帳簿価額を下回るに至った場合です。
具体的には、地震や火災などの外的要因による損傷のほか、所在地の状況変化や長期の遊休化に伴う価値低下などが該当することがあります。
こうした物理的または経済的な理由により価値が下落したことが明らかな場合には、期末時点の時価を基準とした評価損の損金算入が認められます。
2.法的整理等に関連する「法的整理の事実」
会社更生法や民事再生法による更生・再生計画の認可決定がなされた場合、またはこれに準ずる特別な事実がある場合には、当該計画に基づく評価換えが必要とされることがあり、これに伴う評価損の計上が損金として認められることになります。
これらの手続は法的効力を伴うものであるため、評価損の妥当性が制度的に裏付けられていると解されます。
なお、完全支配関係にある内国法人の株式・出資については、次のいずれかに該当する株式・出資の場合には評価損の計上は認められません(法法33⑤、令68の3)。
- 清算中の内国法人
- 合併を除く解散が見込まれる法人
- 適格合併を行うことが見込まれる法人
資産区分ごとの評価損の具体例
評価損の認定は資産の種類によって要件や判断基準が異なるため、以下に代表的な資産区分ごとの適用例を整理します。
1.棚卸資産
棚卸資産については、災害による損傷や経済的な価値の著しい減少(いわゆる「陳腐化」)が要件となります。
以下のようなケースが該当することがあります(法法33②③、令68①一)。
- 災害により物理的に損傷を受けた場合
- 新製品の登場により販売が困難となった在庫
- 季節商品の売残りで今後通常価格での販売が困難と見込まれるもの
- 品質変化や破損等により通常の販売が困難な状態となったもの
ただし、過剰生産や物価変動、建値の変更など、一般的な経済環境の変化だけでは評価損の認定は認められないこととされています(基通9-1-6)。
2.有価証券
有価証券は「売買目的」と「売買目的外」に分かれ、それぞれで評価の方法や評価損の認定基準が異なります。
- 売買目的有価証券
時価法により評価され、帳簿価額を減額した場合には損金算入が認められます。
ただし、損金経理が要件であり、申告調整のみでは認められません(法61の3①、令119の15)。 - 売買目的外有価証券
原則として原価法により評価されますが、以下のいずれかに該当する場合には評価損の損金算入が認められます(法61の3①二、令121の6)。
①上場有価証券等の価額が著しく低下(おおむね50%以上)し、近い将来の回復が見込まれないと認められる場合
②発行法人の資産状態が著しく悪化したと認められる場合
③上記に準ずる特別な事実が生じた場合(この場合も、損金経理によって帳簿価額を減額していることが前提となります。)
3.固定資産
固定資産の評価損については、帳簿価額を減額する明確な事由が必要とされており、次のような場合に限られます(法法33②③、令68①三)。
- 災害による著しい損傷
- 1年以上の遊休状態
- 本来の用途での使用が困難となり他用途で利用されている
- 所在地の状況変化により価値が低下した
- 上記に準ずる事実(例:固定資産が事故などにより著しく損傷したことによる価額の低下等)
一方で、単に減価償却不足や過度の使用、旧式化といった事由では評価損の損金算入は認められません(基通9-1-17)。
4.繰延資産
繰延資産(他者の固定資産利用のために支出したものに限る)については、対象となる固定資産が損傷した場合や、これに準ずる特別な事実が生じた場合に限り評価損の計上が認められます(令68①四)。
第3章|有価証券とデリバティブ取引の損益
~取引時・期末時の損益処理とヘッジ取引への対応~
有価証券譲渡時の損益計上
法人が有価証券を譲渡した場合、その譲渡による損益は、契約を締結した日の属する事業年度において、益金または損金に計上されることになります(法法61の20)。
具体的には、次のような算式で利益または損失が算出されます。
- 譲渡益=譲渡価額-原価
- 譲渡損=原価-譲渡価額
ここでの「譲渡価額」とは、契約対価から法人税法第24条第1項の規定により配当とみなされる金額を控除したものを指します。
一方、「原価」は法人が選定した単位当たり帳簿価額算出法に基づき計算され、その価格に譲渡数量を乗じて算定します。
有価証券の取得価額の取り扱い
有価証券の取得価額は、期末評価や譲渡損益の計算の基礎となる金額です。
法人税法上、取得形態に応じて次のような分類と取扱いが定められています(法令119)。
主な取得形態ごとの取扱い
- 購入した有価証券
購入代価に購入手数料などの直接費用を加えた金額。ただし、通信費や名義書換料などは除外可能。 - 払込みにより取得した有価証券
払込金額と金銭以外の資産の評価額の合計が取得価額となります。 - 無償交付で取得した株式等(下記4.の場合を除く)
無償で交付された場合は取得価額は原則としてゼロ。 - 有利な価格で取得した場合
通常要する取得価額をもって取得価額とし、差額は受贈益として認識。
帳簿単価の算出方法
取得価額から単位当たりの帳簿価額を求めるには、以下のいずれかの方法を選定します(法令119の2)。
- 移動平均法:取得のたびに平均単価を算出
- 総平均法:期首において有していた有価証券簿価と当期取得の平均で単価を算出
取得目的別、銘柄別に区分してそれぞれ計算することが求められています。
期末評価における処理
有価証券は、その取得目的によって期末評価方法が異なります。
1.売買目的有価証券
- 評価方法:時価法
- 損益計上:評価損益は当期の損益に計上し、翌期首に洗替処理(損益の戻入れ)を行います(法法61の3①②、法令119の15)。
評価額の算定は、銘柄ごとに分類したうえで、該当する市場取引価格等に基づきます(法令119の13)。
2.売買目的外有価証券
- 評価方法:原価法
- 例外的に評価損が認められる場合(法61の3①二、令121の6):
①上場有価証券等で、価額が帳簿価額の50%を下回り、回復不能と認められるとき
②発行法人の財務悪化により著しく価値が低下したとき
③上記に準ずる事実が生じたとき
これらの場合に限り、損金経理を条件として、帳簿価額の減額が損金算入として認められます。
3.償却原価法の適用
償還期限・償還金額が定められている売買目的外有価証券については、帳簿価額と償還金額との差額のうち各事業年度に配分すべき金額を加算し又は減算した金額で期末時の価額を評価します(法令119の14)。
なお、この加減算額は当期の益金または損金として処理されます。
デリバティブ取引に係る損益の取扱い
法人がデリバティブ取引を行った場合、その未決済の契約についても、事業年度終了時に決済したものとみなして、損益計算を行うことが求められます(法法61の5、法規27の7、72)。
計上対象となる取引
- 金利・通貨・商品価格等の指標に基づく契約(スワップ、先物、オプションなど)
- 決済がなされていない契約も、合理的な算定により損益を益金・損金に反映
- 実物取得が行われた場合には、取得時価と契約対価との差額を損益に算入(法法61の5③)
このように、実際のキャッシュフローの有無にかかわらず、合理的に算出した損益額が計上される点が特徴です。
ヘッジ会計に関する処理
デリバティブ取引をリスクヘッジ目的で行う場合には、一定の条件を満たすことで、通常の損益処理とは異なる扱いが認められます。
1.繰延ヘッジ処理(法法61の61、法規27の8)
- ヘッジ対象資産の損失を回避する目的でデリバティブ取引を行った場合
- ヘッジ取引が有効であると認められた部分の損益は、当期損益に含めないことが可能
- 対象資産の譲渡等がないことが前提
帳簿上、ヘッジ対象資産・デリバティブ契約の明細記録が必要です。
2.時価ヘッジ処理(法法61の71)
- 売買目的外有価証券の価額変動に対してデリバティブ取引により対応
- ヘッジ取引の利益・損失に対応する部分について、帳簿価額との差額を益金・損金に算入
- ヘッジの有効性・記帳の要件を満たしていることが条件
このように、ヘッジ処理では原則的な未決済デリバティブ損益の即時計上とは異なる扱いとなります。
免責事項
本記事は、特定の事案や個別判断に対する助言を提供するものではありません。
実務上の判断に際しては、必ず所轄税務署や税理士等の専門家にご相談ください。
法令の解釈・適用は、今後の改正等により変更される可能性があることにご留意ください。
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