第1章|簡易課税制度の概要とみなし仕入率
中小事業者に設けられた簡易な課税方式
消費税の申告・納付にあたっては、原則として、売上に係る消費税額から、実際の課税仕入れや経費等に含まれる消費税額を差し引く「一般課税方式」が用いられます。しかし、すべての仕入れや経費について帳簿を管理し、正確に控除税額を計算するには、相応の事務負担が伴います。こうした負担に配慮する形で設けられているのが「簡易課税制度」です。
この制度は、一定規模以下の中小事業者が利用できる簡易な計算方法で、売上に対するみなしの仕入れ率を使って控除税額を計算する仕組みになっています。これにより、仕入ごとの消費税額を積み上げて集計する作業が不要になり、事務処理を大きく簡素化できます。
適用の対象となる事業者の要件
簡易課税制度を利用するには、次の2つの要件を満たす必要があります。
- 基準期間(原則として前々年)における課税売上高が5,000万円以下であること
- 「消費税簡易課税制度選択届出書」を、適用を希望する課税期間の開始日の前日までに所轄の税務署長へ提出していること
なお、新たに事業を開始した場合は、上記の届出期限の扱いが異なります。当該課税期間の末日までに届出書を提出すれば、その課税期間から制度の適用を受けることができます。
また、簡易課税制度をいったん選択した場合、その適用をやめるには「不適用届出書」の提出が必要です。ただし、この不適用の手続きは、制度の適用を開始した課税期間の初日から2年を経過する日が属する課税期間の初日以後でなければ行うことができません。
届出書を提出していれば、その後に基準期間の課税売上高が5,000万円を超えた場合であっても、引き続き届出自体は有効とされます。その課税期間については簡易課税の適用はできませんが、再び売上高が要件を満たす水準(1,000万円超~5,000万円以下)に戻れば、再度適用されることになります。
みなし仕入率とは何か
簡易課税制度では、実際の仕入れに係る消費税額を用いず、「みなし仕入率」によって仕入控除税額を算定します。この「みなし仕入率」は、事業内容に応じて次の6区分に定められています。
区分 | 事業内容(概要) | みなし仕入率 |
---|---|---|
第一種事業 | 卸売業 | 90% |
第二種事業 | 小売業等 | 80% |
第三種事業 | 製造業・建設業等 | 70% |
第四種事業 | 飲食業・固定資産の譲渡等 | 60% |
第五種事業 | 運輸・金融・サービス業等 | 50% |
第六種事業 | 不動産業 | 40% |
それぞれの事業がどの区分に該当するかは、行っている課税資産の譲渡等の内容に応じて判断されます。複数の事業を同時に行っている場合は、課税売上を区分ごとに分けて、それぞれに対応するみなし仕入率を適用して計算します。
複数事業を行う場合の取扱い|75%ルールの選択肢
2種類以上の事業を営む場合、課税売上高の計算方法については、原則として、事業区分ごとの加重平均でみなし仕入率を計算します。ただし、一定の条件を満たす場合には、特例的な方法も認められています。
特定の1事業で75%以上の場合
ある一つの事業について、その課税期間における課税売上高が全体の75%以上を占めるときは、その事業の仕入率を全体に適用することができます。この扱いを利用することで、仕入控除税額の計算がより簡素になります。
特定の2事業で75%以上の場合
三つ以上の事業を行っている場合に、特定の二つの事業の課税売上高の合計が75%以上を占めるケースでは、以下の取扱いが可能です。
- 高い仕入率が適用される事業には、そのまま該当の仕入率を適用
- それ以外の事業には、二つのうち低い方の仕入率を適用
この取扱いによって、計算上の有利・不利が生じる可能性もあるため、原則方式との比較検討が必要になります。
なお、どちらの特例についても「~することができる」とされており、義務ではありません。そのため、納税者側で原則と特例を比較し、有利な方法を選択することが認められています。
また、事業ごとの課税売上高の区分が困難で、判定不能なものがある場合は、それらは事業者が行っている事業のうち最も低いみなし仕入率を適用する事業に含めて計算します。
第2章|2割特例の計算手順と簡易課税との比較
インボイス登録で課税事業者になった場合の選択肢
インボイス制度の導入により、これまで免税事業者であった方が新たに課税事業者となる場面が増えています。こうした事業者が消費税の申告を行う際には、原則課税のほかに「簡易課税」や「2割特例」といった選択肢が設けられています。
なかでも「2割特例」は、令和5年10月1日から令和8年9月30日までの間に生じた課税期間に限定して使える特例です。この制度を活用することで、インボイス発行に伴う納税額や事務の負担を抑えつつ、円滑に制度移行することができる仕組みとなっています。
2割特例の申告手続き|届出は不要
2割特例の適用にあたって、事前の届出書提出は不要です。申告書の所定欄に「○」を付すことで足り、非常に簡易な方式といえます。
また、簡易課税制度とは異なり、継続適用の制限や「2年縛り」のような制約もありません。そのため、2割特例は課税期間ごとに選択が可能であり、その都度納税者の判断により適用するかどうかを決めることができます。
さらに、簡易課税制度の選択届出を行っている場合であっても、2割特例の適用は妨げられません。申告時点において、「○」を付せば2割特例として取り扱われます。
実際の納付税額はどう計算されるか
2割特例における納付税額の算定は、売上税額(課税売上にかかる消費税額)の20%を納付額とする、という非常にシンプルな計算式が採用されています。
たとえば、税込660万円の売上があった場合、売上税額は60万円(660万円/1.1×10%)となります。このケースで2割特例を使えば、納付税額は60万円の20%である12万円となります。
このように、仕入や経費にかかる消費税を個別に集計する必要はなく、売上ベースで定額的に計算できるのが2割特例の大きな特徴です。
具体的な試算例による比較
以下は、実際の業態や経費構成に応じた納付税額の比較事例です。
[事例1]イラストレーター業
ある個人事業者がパソコンや文具を使いながらイラストの受注を行っており、年間売上高は税込660万円、経費は税込220万円とされています。
- 一般課税方式
売上税額:60万円
仕入税額:20万円(220万円×10/110)
納付額:40万円 - 簡易課税制度(第五種・みなし仕入率50%)
みなし仕入税額:30万円(60万円×50%)
納付額:30万円 - 2割特例
納付額:12万円(60万円×20%)
この例では、2割特例が最も納税額を抑える結果となっており、事業者の経費構成と事務負担を勘案すれば、制度活用の有力な選択肢となり得るように見受けられます。
[事例2]雑貨小売業・卸売業の併業者
別のケースとして、年間売上が880万円程度あり、60%が一般消費者向け、40%が事業者向けで構成される店舗型販売業者がいたとします。
- 2割特例
課税売上:800万円(880万円/1.1)
売上税額:80万円(800万円×10%)
納付額:16万円(80万円×20%) - 簡易課税制度(小売業80%、卸売業90%)
小売売上:480万円(800万円×60%)
小売税額:48万円、みなし仕入税額:38.4万円(48万円×80%)
卸売売上:320万円(800万円×40%)
卸売税額:32万円、みなし仕入税額:28.8万円(32万円×90%)
合計納付額:9.6万円+3.2万円=12.8万円
このケースでは、簡易課税制度を選択した方が納付額が抑えられる結果となっています。とくに卸売業についてはみなし仕入率が90%と高いため、相対的に簡易課税の方が有利となる可能性があるという特徴があります。
特例活用と設備投資との関係
一方で、設備投資などにより仕入税額が大きくなる場合には、2割特例を適用すると納税額が割高になる場合があります。
たとえば、売上税額の80%を超えるような仕入税額が見込まれる場合は、一般課税方式により還付を受けられる可能性もあります。ただし、2割特例を選択した場合や、簡易課税制度を選択している場合には、消費税の還付を受けることはできません。
このように、設備投資の有無や規模によっても、どの申告方式が適しているかは変わってきます。したがって、状況に応じた制度選択が求められる場面も多いと考えられます。
選択届出の整理と留意点
最後に、簡易課税制度の利用には「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出が必要です。提出期限は原則として、その課税期間の開始日の前日までとされており、届出を失念するとその課税期間には適用できません。
なお、新規開業した事業者などについては、課税期間の末日までに届出を行えば当該課税期間から適用されるという扱いになります。
一方、2割特例についてはこのような届出は不要で、毎年の申告時に申告書上で「○」を記載すれば適用される点が特徴です。
制度の適用にあたっては、適用要件や届出時期など、手続き面での取り違えがないよう確認することが重要です。
第3章|簡易課税制度申告書の作成事例
簡易課税用申告書の基本構成と関連書類
簡易課税制度を適用する場合、消費税の申告書は「簡易課税用申告書」を使用します。通常は第一表・第二表に加え、該当する付表が必要となります。税率ごとの内訳や仕入控除税額の詳細を記載するため、付表4-3(税率別消費税額計算表兼地方消費税課税標準計算表)および付表5-3(控除対象仕入税額等の計算表)が主に用いられます。
売上税額の積上げ計算と申告欄の使い方
売上に係る消費税額を積上げ計算する場合、請求書等の税率別記載に基づき、課税資産の譲渡ごとに標準税率と軽減税率のそれぞれで税額を集計していきます。これにより、割戻し計算による概算ではなく、より実態に即した売上税額の把握が可能になります。
積上げ計算を採用するには、交付したインボイスまたは簡易インボイスの写し(または電磁的記録)を保存していることが前提条件となります。たとえば、店舗のレジシステムから出力されるレシート形式の簡易インボイスを保存していれば、それをもとに売上消費税額を算定することができます。
売上税額の積上げ計算が完了したら、第一表に売上に係る消費税額を記載し、控除対象仕入税額はみなし仕入率に基づいて第二表や付表5-3に記載します。この控除額が、結果として申告すべき消費税額に反映されます。
みなし仕入率変更による修正申告の取り扱い
事業内容や売上構成に変更があり、当初適用していたみなし仕入率の事業区分と異なる実態が判明した場合には、簡易課税制度に基づく申告内容の修正が必要となることがあります。
たとえば、複数事業を営んでいる事業者が、当初「特例のみなし仕入率(75%ルール)」を適用していたものの、実際には売上構成が基準に達していなかったと後から判明したようなケースです。このような場合には、原則のみなし仕入率に基づく再計算を行い、不足額があれば修正申告を行う必要があります。
修正申告では、訂正対象の課税期間について再度消費税申告書と関連付表を作成し、正しい税額を記載して提出します。
なお、付表6は、貸倒れやその回収がある場合には通常版、それ以外の場合には簡易版を使うことができます。実務では、特別な事情がなければ簡易版の利用が多く見受けられます。
修正申告とインボイス保存の実務的な接点
積上げ計算方式においては、取引先との間で請求書等が交付されなかった場合であっても、相手方が作成した仕入明細書について、双方で内容を確認しているのであれば、その明細書を保存することで「インボイスの写しの保存」があったものとして取り扱うことができます。
このように、売上税額の積上げ計算を行う上では、帳票類の管理と保存が非常に重要となります。
ただし、積上げ計算を採用した取引については、対応する仕入税額の計算方法としては割戻し計算は使用できませんので、事前に申告方法との整合性を確認しておく必要があります。
免責事項
本記事は、簡易課税制度および2割特例に関する一般的な取扱いを整理したものです。
実際の対応を行う際には、必ず専門書籍、顧問税理士、または所轄税務署等の専門機関にご相談のうえ、最新の法令・実務に従って読者ご自身ご判断いただきますようお願いいたします。
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