第1章|売手側の請求書様式変更と交付フロー
インボイス制度における様式変更の全体像
インボイス制度の導入に伴い、売手事業者が発行する請求書等の様式には大きな変化が生じました。制度開始以前は、帳簿と請求書等を保存することにより、仕入税額控除が認められていた一方で、記載項目も限定的で、発行側に交付義務が課されていないケースも存在していました。しかし、インボイス制度では、「適格請求書等」の交付義務が明確に定められ、取引に応じた正確な様式と記載事項を整備することが求められるようになっています。
ここでは、実務上押さえておきたいポイントとして、適格請求書・適格簡易請求書・適格返還請求書の違い、そして委託販売や農協経由取引など特殊な事例における留意点について整理していきます。
適格請求書の記載事項と様式のポイント
適格請求書(いわゆる「インボイス」)には、特定の用紙やフォーマットが定められているわけではありません。紙であっても電子データであっても、要件を満たす限り、名称にかかわらず「インボイス」として機能します。
したがって、様式をどのように設計するかは、各事業者が判断する必要があります。
法定の記載事項は以下のとおりです
- 適格請求書発行事業者の氏名または名称と登録番号
- 課税資産の譲渡等を行った年月日
- 資産または役務の内容(軽減税率対象である旨を含む)
- 税率ごとに区分した対価の合計額および適用税率
- 税率ごとに区分した消費税額等
- 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称
上記のように、従来の請求書と比べると、登録番号や税率ごとの合計額、消費税額など追加記載事項が求められています。特に軽減税率の対象となる取引については、対象品目であることを明示することが必要です。
また、税額の算出において1円未満の端数が出た場合、1つのインボイスにつき税率ごとに1回限りの端数処理が可能となっています。
適格簡易請求書の交付が認められる事業とは
不特定かつ多数の者に対して課税資産の譲渡等を行う事業については、通常のインボイスに代えて、より簡易的な記載内容である「適格簡易請求書(簡易インボイス)」の交付が可能です。
主な対象事業には以下が含まれます
- 小売業
- 飲食店業
- 写真業
- 旅行業
- タクシー業
- 駐車場業(不特定かつ多数の者に対する場合)
このような業種では、取引の都度相手方の氏名や名称を確認することが現実的でないため、次のような記載省略が認められています
- 「書類の交付を受ける事業者の氏名または名称」の省略
- 「税率ごとに区分した消費税額等」または「適用税率」のいずれか一方の記載
こうした取り扱いにより、実務負担を抑えつつ制度に対応することが可能となります。
返還インボイスの交付義務と注意点
返品や値引き、割戻しが発生した場合、従来は帳簿の記録を保存することで税額控除が可能とされてきました。インボイス制度開始後は、それに加えて「適格返還請求書(返還インボイス)」の交付義務が新たに設けられています。
返還インボイスの記載事項は以下のとおりです
- 適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号
- 対価の返還等を行う年月日および当初の取引年月日
- 当初の資産または役務の内容(軽減対象資産である旨を含む)
- 税率ごとに区分した返還額の合計および消費税額等または適用税率
返還インボイスは、あくまで適格請求書発行事業者に対する交付義務であり、税額控除の要件とは切り離して考える必要があります。また、交付義務が免除される取引や、税込価額が1万円未満の返還等については、交付義務そのものが免除されます。
特殊取引における対応の考え方
インボイス制度では、以下のような特殊な取引については、一般的な交付義務の考え方と異なる対応が必要です。
委託販売や媒介者交付特例のケース
委託販売において、商品の販売に加えて請求書の発行や集金業務などを委託する場合には、媒介者交付特例の適用が検討されます。この特例を適用するかどうかは、契約実態や業務分担の内容に応じて判断されることとなります。
また、仕入先が作成する仕入明細書を受け取る形で取引が成立する場合や、任意組合等による事業運営が行われている場合も、帳簿や請求書の保存義務に関して個別の整理が必要となる場合があります。
農協を通じた委託販売における特例
農業従事者が農協等を通じて行う委託販売については、「無条件委託方式」かつ「共同計算方式」による取引に限り、インボイスの交付義務が免除される「農協特例」が設けられています。
この場合、農協が代行して発行するインボイスを購入者が保存することで、仕入税額控除の要件を満たすことができます。さらに、生産者が免税事業者であっても、農協が発行するインボイスに登録番号の記載が不要とされているため、登録の要否にかかわらず控除が認められます。
ただし、これらの要件を満たさない場合には、生産者自身によるインボイスの発行が必要となるか、代理交付や媒介者交付特例の適用可否を検討する必要があります。
第2章|買手側の仕入税額控除要件と免税事業者対応
インボイス制度における仕入税額控除の基本的な考え方
インボイス制度の導入により、仕入税額控除の適用要件がこれまで以上に明確に整理されました。従来の区分記載請求書等保存方式においては、一定の項目を備えた帳簿と請求書の保存が要件とされていましたが、制度開始後は保存すべき書類が「適格請求書等」に切り替わっています。
なお、帳簿と請求書の保存要件は、原則課税制度に基づき消費税額を計算する場合に適用されるものであり、簡易課税制度を適用する事業者には該当しません。
仕入税額控除の要件として保存が求められる書類には、以下のような種類があります。
- 適格請求書または適格簡易請求書
- 買手が作成し、売手の確認を受けた仕入明細書や仕入計算書
- 媒介者や取次事業者が発行する所定の書類
- 上記の内容が記載された電磁的記録(電子データ)
これらの請求書等の保存が困難な場合であっても、一定の特例に該当する場合、帳簿のみの保存により仕入税額控除が認められることもあります。
帳簿保存による控除が認められる特例取引
インボイス制度のもとでは、原則として適格請求書の保存が求められるものの、実務上対応が困難となるような取引については、帳簿のみの保存で控除が認められるケースもあります。
以下のような取引が該当します。
- 公共交通機関による旅客の運送(3万円未満)
- 入場券等の使用により回収されるもの
- 古物営業者や質屋等が取得する資産の仕入れ(一定条件あり)
- 自動販売機からの購入(3万円未満)
- 郵便切手類のみを対価とする郵便サービス
- 従業員等に支給する出張旅費や日当等(通常必要と認められる範囲)
これらの取引については、帳簿に所定の追加項目を記載することで控除が可能です。たとえば、帳簿のみで保存できる仕入れである旨の記載や、仕入れの相手方の所在地などが求められる場合があります。
中小事業者向けの少額取引に係る経過措置
令和5年度税制改正により、一定の中小事業者については、少額な課税仕入れに関して帳簿のみの保存による仕入税額控除が6年間の時限措置として認められています。
この措置の対象となる事業者は、以下のいずれかに該当する場合です
- 基準期間における課税売上高が1億円以下
- 特定期間における課税売上高が5,000万円以下
対象となる取引は、「1回の取引単位で税込1万円未満」の課税仕入れです。一商品単位ではなく、あくまで1回の取引の合計額で判定される点に注意が必要です。
この経過措置により、インボイスの受領が困難な取引についても、事務負担を軽減しつつ税額控除の適用が可能となります。ただし、特定期間の判定については、納税義務の判定とは異なり、給与等の金額によって代替判断することはできません。
免税事業者との取引に係る仕入税額控除の制限と経過措置
インボイス制度では、免税事業者や消費者等、適格請求書発行事業者でない者からの仕入れに関して、原則として仕入税額控除ができない取扱いとなっています。
ただし、以下のような段階的経過措置が設けられています
- 令和5年10月1日~令和8年9月30日:仕入税額相当額の80%を控除可能
- 令和8年10月1日~令和11年9月30日:仕入税額相当額の50%を控除可能
- 令和11年10月1日以降:控除不可
この経過措置の適用を受けるためには、所定の記載事項を満たす帳簿および請求書の保存が必要とされます。帳簿には「経過措置の適用を受ける課税仕入れである旨」の記載も求められています。
仕入先の登録状況の確認と社内対応の必要性
取引先の中に、免税事業者や適格請求書発行事業者でない者が含まれている場合、自社でその登録状況を確認する必要があります。とくに個人事業主や小規模な仕入先に関しては、国税庁の公表サイトでは登録番号による検索しかできないため、個別に意向を確認する対応が求められます。
確認後、取引先が登録する意向を示していない場合、自社として以下のいずれかの対応方針を検討することになります。
- 対価の減額を要請する
- 取引価格を維持し、消費税相当を自社が負担する
- 取引関係を終了する
それぞれの選択肢には一定の法的・実務的留意点があるため、対応には慎重さが必要です。
値下げ要請時の独占禁止法・下請法の注意点
免税事業者との取引継続にあたり、仕入税額控除が適用されない分の値下げを要請する場合には、独占禁止法および下請法上の問題が生じる可能性があります。
とくに以下のような行為が優越的地位の濫用や違反行為として指摘されることがあります
- 取引価格の一方的な引下げ
- 取引停止を示唆する要請
- 説明なく登録を求める圧力的な対応
制度対応のために交渉を行うこと自体は問題ではありませんが、形式的な交渉や一方的な通告によって、相手方に不当な不利益を与える行為は避けなければなりません。
また、取引価格の設定に際して、仕入先側の消費税負担や事業実態を踏まえた柔軟な対応が求められます。必要に応じて書面での確認や社内説明体制の整備も検討されるとよいでしょう。
第3章|インボイス制度実務Q&A総まとめ
インボイスを交付しない場合の法的影響
インボイス制度において、適格請求書発行事業者が課税事業者からの求めに応じてインボイスを交付する義務があることは明確に規定されています。ただし、この交付義務に違反した場合であっても、消費税法上の罰則規定は設けられていません。
その一方で、取引先との関係性に目を向けると、インボイスの不交付によって信用を損ねたり、契約上の不履行とみなされる可能性があります。
交付を前提とした取引価格が設定されているような場合には、損害賠償の問題に発展するおそれも否定できません。したがって、求められた場合には速やかに交付を行う対応が望ましいといえます。
電子インボイスの取り扱いと保存要件
インボイス制度の開始により、適格請求書を紙媒体ではなく電子データで授受することが正式に認められるようになりました。
こうした電磁的記録によるインボイスは、一般に「電子インボイス」と呼ばれています。
電子インボイスは、EDI取引、電子メール、Webサイト経由の提供など、さまざまな方法で交付される可能性があります。
提供された電子インボイスについては、一定の保存要件を満たすか、もしくは紙に出力して保存することが求められます。
電子帳簿保存法に基づく保存方法
電子データのままで保存を行う場合には、以下の要件を満たすことが必要です。
- システム概要書や操作マニュアル等の備付け
- ディスプレイ・プリンタ等の整備
- 検索機能の確保
- 改ざん防止措置の実施
特に検索機能の要件については、多くの事業者で対応が難しいとされており、令和5年度の税制改正では一定の緩和措置が導入されています。
売上高5,000万円以下の事業者であれば、検索機能の確保は不要となりますが、税務調査時のダウンロード要求に応じられる体制は整えておく必要があります。また、改ざん防止措置等のみを満たし、検索機能が不足している場合でも、出力書面の提示等を条件に保存が認められています。
紙出力による保存も可能
消費税法上は、電子インボイスを出力して紙で保存することも認められています。この方法では、整然とした形式かつ明瞭な状態での出力が求められます。ただし、青色申告法人等においては、単なる紙保存では他法令上の要件(たとえば青色申告承認)に影響を与えることもあるため、実務上の取扱いには注意が必要です。
免責事項
本記事は、インボイス制度に関連する実務的な要点を整理したものです。記載内容は制度の解釈および実務対応に関する一般的な理解の助けとなることを意図しておりますが、すべての事業者の個別事情に対応するものではありません。
制度改正、通達の更新、または実務運用上の変更等が生じた場合には、本記事の内容と実際の法令解釈・運用が異なる可能性もあります。
実際の対応を行う際には、必ず専門書籍、顧問税理士、または所轄税務署等の専門機関にご相談のうえ、最新の法令・実務に従ってご判断ください。
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