第1章|移転資産の譲渡損益と株主課税
組織再編に伴う譲渡損益の課税が原則
組織再編成によって企業の構造が変化する場合、資産や株式が他の法人に移転することになります。
このとき、移転する資産については原則として時価で譲渡したものとみなされ、譲渡損益が認識されることになります。
たとえば、合併や会社分割、現物出資、現物分配、株式交換、株式移転などの手法によって資産が移動した場合、それらは一種の譲渡と見なされ、通常の譲渡と同様に課税対象となる、というのが基本的な考え方です。
組織再編であっても、経済的な実態として価値移転が起きている以上、その移転によって生じる利益には税をかけるという理屈です。
適格要件を満たす場合は課税が繰り延べられる
一方で、すべての再編がすぐに課税されるわけではありません。
一定の条件を満たす組織再編成については、「適格組織再編」として、移転資産の譲渡損益を繰り延べる取扱いが認められています。
ここで重要なのは、「支配の継続性」があるかどうかです。
つまり、再編後も実質的な経済関係や支配権が変わらないと認められる場合には、譲渡があったとは見なされず、帳簿価額で資産を引き継ぐことができるようになります。
このような繰延べの対象となる適格再編には、以下のようなケースが含まれます。
- 合併、会社分割・現物出資・現物分配・株式交換・株式移転のいずれかの方法による資産移転であること
- 対価として、合併法人等の株式のみが交付されており、金銭等の交付が一切ないこと
- 一定の支配関係(たとえば100%または50%超)や事業の継続性など、定められた要件をすべて満たしていること
これらの要件を満たすことで、税務上の譲渡損益の認識を先送りにすることができます。
無対価再編の扱いにも注意が必要
また、近年の改正によって、無対価の組織再編成についても一定の場合には課税を繰り延べる取扱いが可能となっています。
たとえば、合併に際して被合併法人の株主に何らの対価(株式や金銭)も交付しないケースであっても、完全支配関係が継続している場合には、適格組織再編として認められることがあります。
無対価合併や無対価分割については、適格判定の際に特有の要件が設けられており、通常の適格合併とは異なる取り扱いとなることがあるため、個別の事実関係に応じて慎重に判断する必要があります。
組織再編の目的に応じた判定
適格組織再編に該当するかどうかの判断にあたっては、単に形式だけでなく、再編の目的や背景、事業の継続性なども含めて総合的に検討されます。
例えば、以下のようなケースでは、判定基準が異なります。
- 企業グループ内での再編:100%または50%超の持株関係があり、主要資産・負債や従業員の多くが移転先に引き継がれ、事業の継続性があることなど
- 共同事業の開始を目的とした再編:事業の関連性があり、スケールバランス(おおむね5倍以内)や特定役員の関与、支配関係の継続性があることなど
- 独立した新規法人への分割:支配関係がなく、分割後の事業に旧法人の従業員が引き続き従事し、かつ特定役員も継続して関与する場合など
このように、適格性の判定には複数の要素が関与し、単一の要件のみでは判断できない点に留意が必要です。
株主側の課税関係
再編に伴い、株主の手元にも課税関係が発生することがあります。
たとえば合併・分割・株式交換等により、旧株と引き換えに新たに合併法人や親法人の株式を受け取る場合には、原則として旧株式の譲渡があったものとみなされ、その譲渡損益が課税対象となります。
ただし、こちらも株式以外の資産(金銭等)が交付されていない場合には、旧株式の帳簿価額をもって新株式の取得価額とし、譲渡損益の認識を繰り延べることができます。
つまり、株主側でも一定の要件を満たせば、課税が後ろ倒しされるという仕組みです。
なお、株式交換や株式移転のように、完全親子関係を形成する再編においても同様のルールが適用されます。
この章のまとめ
以上のように、組織再編に伴う移転資産や株主の課税関係は、原則課税・要件充足で繰延べという二段構えで整理されており、実務においては再編形態ごとに制度趣旨と判定条件を丁寧に確認することが求められます。
特に、適格性の判断には多角的な観点が必要となりますので、計画段階から慎重な検討が欠かせません。
第2章|適格合併・非適格合併の欠損金取扱い
合併等における欠損金の取扱いの基本
合併や清算等により法人が消滅する場合、従来その法人が有していた欠損金の行方は、組織再編における重要な論点のひとつです。
特に適格合併が行われた場合には、欠損金の引継ぎや使用が一定の範囲で認められる一方、非適格な組織再編である場合には別の取扱いが求められることになります。
この章では、こうした欠損金の承継と損金算入の可否について、適格・非適格それぞれのケースに分けて見ていくことにしましょう。
適格合併における欠損金の引継ぎと制限
適格合併が行われた場合には、被合併法人がかつて生じさせた欠損金について、合併法人側に引き継ぐことが認められるケースがあります。
この欠損金の引継ぎにおいては、次の2つのいずれかの要件を満たすかどうかが大きな分かれ目となります。
共同事業要件を満たす場合
まずひとつめの基準が、「共同で事業を行っているものとして一定の要件を満たすかどうか」です。
この場合には、以下のような条件の充足が求められます。
- 事業の関連性があること
- 両法人の事業規模に一定のバランスがあること
- 被合併法人の事業が合併後も継続されていること
- 合併法人側での事業の継続性が確認されること
- 被合併法人の特定役員が合併法人において引き続き役員として関与していること
これらの条件が全体として整っているかが、共同事業要件の判断基準となります。
継続支配要件を満たす場合
もうひとつの要件が、「継続して支配関係が存在していた場合」です。
こちらでは、合併法人と被合併法人との間に、一定期間にわたり継続的な支配関係があったかが判断材料となります。
具体的には、合併の日が属する事業年度の開始日から遡って5年の期間、あるいは被合併法人が設立された場合には設立の日から継続して、支配関係が存在していたかどうかという視点で見ていきます。
これらのいずれかの要件を満たしていれば、引き継いだ欠損金の使用についても制限は設けられません。
反対に、どちらの要件も満たさない場合には、欠損金の使用が制限されることになりますので、事前の確認が不可欠です。
非適格合併における調整勘定と損金算入
次に、非適格合併等が行われた場合の取扱いについて見ていきます。
非適格合併においては、税務上の譲渡損益が原則として認識されることになりますが、ここで生じるのが「資産調整勘定」や「負債調整勘定」です。
合併等により資産・負債が時価で移転した結果、その取得価額と対価に差異がある場合、その差額部分については、原則として5年間で均等に損金または益金として算入されることになります。
このように、非適格合併では資産等を時価で引き受けたことにより、税務上ののれんが発生します。
たとえば、時価よりも高い金額で資産を引き受けた場合には資産調整勘定が生じ、これを5年で償却していく形で損金処理がなされます。
なお、ここでいう「非適格合併等」とは、適格合併に該当しない合併・分割・現物出資などのうち、主要な資産や負債のほぼ全てが移転するようなものを指しています。
欠損金・含み損の使用に対する制限措置
適格合併が行われ、移転資産が帳簿価額で引き継がれた場合には、理論上、合併法人等は引き継いだ欠損金や含み損を用いて税負担の軽減を図ることが可能となります。
しかしながら、こうした節税効果が過度に利用されることを防ぐために、組織再編においては欠損金や特定資産に係る譲渡損失の使用に一定の制限が設けられています。
とりわけ、税務上の「適格」として認定された組織再編であっても、合併法人側において欠損金の使用を制限する措置が講じられることがある点には注意が必要です。
この使用制限の対象には、被合併法人から引き継がれた欠損金だけでなく、合併法人が従前から有していた欠損金も含まれることになります。
もっとも、先述のように「5年超の継続支配関係」または「共同事業要件」を満たしている場合には、これらの使用制限は適用されません。
また、特定資産譲渡等損失についても、一定期間においては損金不算入とされるルールがある一方で、要件を満たしていれば制限が解除される仕組みとなっています。
第3章|再編を利用した租税回避防止策
租税回避リスクに対する制度的対応
組織再編成は、本来であれば企業の経営合理化や事業再構築のために用いられる手段ですが、その一方で、再編の形態や方法が複雑かつ柔軟であるがゆえに、特定の税効果を目的とした取引機造に利用される可能性も否定できません。
このような背景を受け、税務当局は、組織再編における租税回避行為を防止するためのルールを段階的に整備しています。
ここではそのうち、欠損金や資産の含み損をめぐる使用制限の仕組み、そして包括的な否認規定の考え方について整理していきます。
欠損金・含み損の使用制限
組織再編に伴って資産や負債が移転される場合、合併法人や分割承継法人など再編後の法人において、被再編法人が有していた繰越欠損金や特定資産譲渡等損失を利用することで、税負担を意図的に軽減することが可能となる余地があります。
このような問題を回避するため、制度上は以下のような制限措置が設けられています。
欠損金の使用制限
適格組織再編であっても、合併法人等に引き継がれた欠損金や、自身が有していた欠損金について、一定の場合には損金算入が制限されることになります。
この使用制限が課されないのは、次のいずれかの要件を満たす場合です。
- 合併法人と被合併法人との間に5年超の継続的な支配関係がある場合
- 両者がみなし共同事業関係にあることを示す要件を充足している場合(事業関連性、事業規模の整合性、特定役員の引継ぎ等)
これらを満たす場合には、欠損金の使用が引き続き認められます。
特定資産譲渡等損失の使用制限
移転資産に含まれる含み損を利用した損金算入についても、同様に時限的な制限が設けられています。
具体的には、合併の日の属する事業年度開始日から一定の期間内における損金算入が制限されることになっており、この場合でも前述の2つの要件のいずれかを満たせば、制限の対象外となります。
また、適格分割や適格現物出資、適格現物分配についても、欠損金の引継ぎはありませんが、移転された資産の含み損と再編後法人の欠損金との相殺を通じて節税が図られる可能性があるため、同様の制限ルールが準用されています。
国境を越えた組織再編と課税の例外
近年の企業活動においては、再編が国境を越えて行われるケースも見られるようになっています。
その代表例が「三角合併」と呼ばれるスキームです。
この手法では、日本法人である合併法人が、被合併法人の株主に対して自社ではなく、親会社(外国法人)の株式を対価として交付することが特徴です。
一定の要件を満たす場合には、これまでと同様に課税の繰延べが認められるものとされています。
ただし、株主が非居住者または外国法人等である場合には、その後に株式を売却した際に日本側から課税することが困難となるため、このようなケースでは、再編時点で旧株に係る譲渡益に対して課税が行われることになります。
このように、租税回避を防止する観点からは、当該株主の居住地や、株式移転の構造まで含めて慎重な判定が求められる場面があります。
包括的否認規定の考え方
組織再編に関する税制では、個別の否認規定を設けるだけでは限界がある場合もあります。
なぜなら、組織再編には多様な形態があり、すべての租税回避手段をあらかじめ条文化することが難しいからです。
そのため、税法上では、包括的な否認規定が設けられています。
これは、組織再編の形式や外形にかかわらず、法人税の負担を不当に減少させる結果となるような行為や計算について、税務署長が否認し、税額を再計算できるという内容です。
最近の裁判例では、この包括的否認規定について、「組織再編が複雑・多様であることから、それを利用した巧妙な租税回避のリスクに対応するための規定である」とする判断が示されています。
このような考え方により、形式的には適格再編に該当するように見える場合であっても、その実態が不適切な税負担回避と見なされる場合には、否認が行われることがある点には注意が必要です。
免責事項
本記事の内容は、公開時点における法令及び公表資料に基づいて作成されています。記載された情報は、あくまで一般的な解説を目的としたものであり、特定の案件に関する判断や対応を示すものではありません。
実際の適用にあたっては、企業の実態や取引内容、関係会社の構造などによって取扱いが異なる場合があります。組織再編成の検討・実行に際しては、必ず専門家と相談のうえ、最新の法令や通達等をご確認ください。
また、本記事は税務上のアドバイスを提供するものではなく、記載内容の正確性や完全性について保証するものでもありません。内容のご利用はご自身の判断と責任において行っていただきますようお願いいたします。
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