第1章|貸倒引当金制度 中小企業における損金算入と実務の基本構造
貸倒引当金とは何か
企業が営業活動を通じて得る売掛金や受取手形などの債権は、すべてが確実に回収されるとは限りません。
取引先の経営悪化や倒産といった事態が生じれば、債権の一部または全部が回収不能になるおそれがあります。
こうした損失は、税務上では「貸倒損失」として処理されることがありますが、現実に貸倒れが発生していなくても、将来的に発生するリスクに備えて、一定額を見積もり計上する仕組みが「貸倒引当金」です。
会計上は、期末における債権残高に対して過去の貸倒実績率等をもとに将来の貸倒れの見込み額を算出し、その金額を費用として処理することが一般的です。
ただし、どの程度の金額を見積もるかについて法人の裁量に委ねてしまうと、課税所得の操作が可能となってしまいます。
このため法人税法では、貸倒引当金の損金算入に関して明確なルールを定め、繰入限度額の範囲内でのみ損金算入を認めています(法法52①②)。
損金算入が認められる法人の範囲
法人税法上、貸倒引当金の繰入額を損金に算入できる法人は限定されています。
以下に該当する法人に限られ、それ以外の法人ではこの制度の適用はありません。
- 期末資本金1億円以下の普通法人(ただし、資本金5億円以上の大法人と完全支配関係にある法人を除く)
- 資本または出資を有しない法人
- 公益法人等および協同組合等
- 人格のない社団等
- 銀行や保険会社などの一定の金融機関
- 金融取引に係る金銭債権を保有する法人
また、一定の関係法人間での債権(完全支配関係のある法人への金銭債権)については、令和4年4月1日以降開始事業年度から対象外となっており、制度の適用がさらに限定的になっています。
繰入限度額の基本的な考え方
貸倒引当金の繰入限度額は、「個別評価金銭債権」と「一括評価金銭債権」に分類して計算します。
個別評価金銭債権に係る繰入限度額
個別評価の対象となるのは、特定の債務者に対し、明確な回収不能リスクがあると認められる金銭債権です。
以下のような事情がある場合には、それぞれ所定の方法により限度額が算定されます。
- 長期棚上債権:更生計画などに基づき、弁済が5年経過後になる金額
- 債務超過状態が継続している債権:一部に回収見込みがないと認められる金額
- 形式基準による債権:更生手続開始の申立て等がなされた場合、その50%相当額
- 外国政府等への債権:経済的価値が著しく減少し弁済困難とされた場合、その50%相当額
なお、売掛金、貸付金のほか、保証金や前渡金の返還請求権なども、要件を満たせば個別評価の対象となります。
一括評価金銭債権に係る繰入限度額
個別に評価すべき事情がない債権は、原則として一括評価の対象になります。これに該当するのは、たとえば次のような債権です。
- 売掛金、貸付金
- 未収の請負代金、加工料、手数料、保管料、地代家賃等
- 上記債権に関する受取手形 (割引手形、裏書手形を含む)
- 一定の先日付小切手など
一方で、次のようなものは一括評価の対象外となります。
- 預貯金や未収利子、未収配当
- 保証金、敷金、前渡金、手付金などの資産取得目的の支出
- 前払給料、仮払金など将来精算される費用の前払分
- 仕入割戻しの未収金
繰入限度額の算出方法は以下のとおりです。
期末一括評価金銭債権の帳簿価額× 貸倒実績率=繰入限度額
この「貸倒実績率」は、過去3年間の平均貸倒率を基準に、以下の式で求められます。
{(過去3年間の貸倒損失±個別評価分繰入額・戻入額)×(12/各期の月数))/(各期の一括評価債権の期末帳簿価額の合計/各事業年度の数)}
中小企業者等の特例
平成10年度の改正で法定繰入率は原則として廃止されましたが、中小企業者等に対しては租税特別措置法により法定率による繰入れが引き続き認められています。
対象は、以下の要件を満たす法人です。
- 資本金1億円以下の普通法人(完全支配関係のある大法人の子会社を除く)
- 公益法人等や人格のない社団等など
この特例では、以下の業種ごとに法定繰入率が設定されています。
業種区分 | 法定繰入率(千分率) |
---|---|
卸売業・小売業(飲食業含む) | 10/1000 |
製造業等 | 8/1000 |
金融・保険業 | 3/1000 |
割賦販売小売業・包括信用購入あっせん業 | 7/1000 |
その他 | 6/1000 |
中小法人であれば、上記法定率を使って簡便に限度額を算出することが可能です。
なお、原則計算との選択適用は事業年度ごとに可能です。
洗替え処理と会計上の位置づけ
貸倒引当金は、当期に繰り入れた金額を翌期に全額戻し入れ、再度見積額を繰り入れる「洗替え処理」が基本です。
このように、会計上は貸倒リスクへの備えとして合理的な処理がなされますが、税務上は恣意的な損金算入を防ぐ観点から、損金経理・繰入限度額・対象法人の範囲など、厳密な要件が定められている点に注意が必要です。
第2章|貸倒損失の判定と実務 回収不能をどう捉えるか
貸倒損失とは何か
企業が保有する売掛金や貸付金といった金銭債権が、取引先の破綻や支払不能等の事情により回収できなくなった場合、その未回収分は「貸倒損失」として法人税の損金算入対象となり得ます。
ただし、課税所得の恣意的操作を防ぐ必要があることから、法人税法では貸倒損失として処理できるケースを明確に区分しています。
その判定は、法人税基本通達において「法律上の貸倒れ」「事実上の貸倒れ」「形式上の貸倒れ」の3類型として整理されています。
ここでは、それぞれの判断基準と留意点を確認していきましょう。
法律上の貸倒れ(通達9-6-1)
いわゆる絶対的な貸倒れとされるもので、債権が法的に消滅した場合を指します。
このケースでは、法人が損金経理を行っているか否かを問わず、その事実が発生した日の属する事業年度において、当該金額を損金に算入することが認められます。
判定される事由の例
- 更生計画や再生計画の認可決定により債権の一部が切り捨てられた
- 特別清算協定の認可により債権が消滅した
- 債権者集会や行政のあっせん等に基づく契約により債権の放棄が合意された
- 債務者が長期にわたり債務超過状態であり、かつ書面により債務免除を行った
なお、債務免除の意思表示は、内容証明郵便などで証拠として残すことが重要と考えられます。
放棄の意思が明確でない場合や、 実態として回収可能性があるにもかかわらず債務免除を行ったとみなされると、寄附金と認定されるおそれもあるため注意が必要です。
さらに、「相当期間」とはおおむね1年以上とされる点にも留意が求められます。
事実上の貸倒れ(通達9-6-2)
法的に債権が消滅したわけではないが、債務者の財務状況から見て全額の回収が明らかに困難と認められる場合に該当します。
この場合は、損金算入の前提として法人による損金経理が必要とされます。
判定の前提条件
- 債務者の資産状況や支払能力などにより、債権の全額が回収不能と認められること
- 債権に担保がある場合は、担保物を先に処分してからでなければ貸倒れとして処理できないこと
- 貸倒処理は、回収不能が明らかになった事業年度に行わなければならないこと
たとえば、担保物を処分する前に損金経理してしまった場合には、税務上の貸倒損失としては認められません。
保証債務についても、履行後でなければ対象とはならない点に注意する必要があります。
部分的な回収不能では貸倒損失としては扱われないため、「全額」が回収不能であることが条件となります。
これは、法人税法第33条の評価損不算入原則との関係にも通じる実務上の要件です。
形式上の貸倒れ(通達9-6-3)
債権者と債務者との間に法的または明白な実体的消滅事由があるわけではないものの、形式的な基準に基づき、一定の条件を満たす場合に貸倒れが認められるものです。
対象となるのは、あくまで売掛債権に限定されています。
認められる要件
次のいずれかの事実が認められ、かつ法人が備忘価額(通常は1円)を控除した残額を損金経理している場合に限ります。
- 債務者との取引停止後、1年以上が経過しており、かつ当該売掛債権について担保がないこと
- 売掛債権の総額が回収コスト(旅費等)を下回り、督促しても弁済がないこと
この場合、回収可能性の有無よりも、客観的な外形事実に基づく形式的な判定が重視されることになります。
ただし、この制度は不動産の売却代金など一時的・例外的な取引には適用されません。
あくまで継続的な取引における売掛金や未収請負金等が対象です。
貸倒れの実務判断における総合的視点
貸倒損失の計上が認められるかどうかは、画一的な基準ではなく、以下のような複数の要素を総合的に勘案して判断することが求められます。
- 債務者の資産状態や支払能力の状況
- 強制執行や破産手続きの有無
- 債権放棄に至った経緯と内容証明による記録の有無
- 回収努力の内容とその実効性
- 債権の性質および発生経緯
また、貸倒損失の不存在を否定する立証責任は、課税庁側にあるとされつつも、債権者側に相応の立証責任が生じるという考え方が裁判例でも示されています。
実務対応としての留意点
貸倒損失の判定においては、次のような観点から対応を検討することが一般的です。
- 回収不能の債権が生じた時点で、計上時期の判断を慎重に行う
- 債権放棄を行う際は、内容証明や議事録等による証拠化を徹底する
- 損金経理を伴わない場合には、法律上の貸倒れ要件に該当するかを明確にする
また、債務者が破産等に至らない場合であっても、債務超過状態が継続しているなど、個別評価引当金の繰入対象とすることで、損失の計上余地が生じる可能性もあります。
状況に応じて柔軟な見極めが求められるところです。
第3章|欠損金の繰越控除・繰戻し還付 損失をどのように税務に活かすか
欠損金の繰越控除とは
法人が継続して事業を営む中で、ある事業年度において損益計算上の損金が益金を上回り、「欠損金」が生じることがあります。
このような欠損金については、原則としてその年度での税額に反映されるのみですが、一定の条件を満たせば、翌期以降の所得金額から控除することが認められています。
この制度が「欠損金の繰越控除」であり、法人税法第57条を根拠としています。
税務計算上の欠損金額が発生した場合でも、すぐに繰越控除できるわけではなく、いくつかの要件を満たす必要があります。
繰越控除が認められるための要件
青色申告書を提出した法人が欠損金の繰越控除を適用するには、以下のすべてを満たしている必要があります。
- 欠損金が「各事業年度開始の日前10年以内に開始した事業年度」に生じていること
- その欠損金が「青色申告書を提出した事業年度」に発生したものであること
- 欠損金発生後の各事業年度において「連続して確定申告書を提出している」こと
- 欠損金の発生年度に係る「帳簿書類を保存している」こと
また、繰越控除を行う際には、控除すべき欠損金額について、最も古い事業年度から順次控除していく取り扱いとなります。(法基通12-1-1)
控除額の上限と中小法人の扱い
通常、控除できる欠損金額は、控除対象事業年度の所得金額の50%相当額が上限とされます。
これにより、ある年度に多額の欠損金が残っていたとしても、その年度の所得全額を控除によって帳消しにすることはできません。
ただし、次に該当する法人については、この50%の制限が適用されず、所得金額全額に対して欠損金の控除が可能となります。
- 資本金が1億円以下の中小法人(ただし、大法人に完全支配されている法人等を除く)
- 新設法人または更生手続開始決定等の一定の事由がある法人における特定の事業年度
このように、中小法人等については欠損金繰越控除に関して税制上の優遇措置が設けられています。
欠損金の繰戻し還付制度の基本
欠損金の取扱いには、翌期以降への繰越控除だけでなく、「前期にさかのぼって還付を受ける」という考え方もあります。
これが「欠損金の繰戻し還付制度」です。
この制度は、ある事業年度に欠損金が発生した場合において、その法人が前1年以内に開始したいずれかの事業年度(還付所得事業年度)で所得金額を計上しており、かつその期間に納税していた場合に、欠損金をその所得に遡及させて法人税額の一部還付を受けることができるものです。
なお、繰戻し還付を受けるには、以下の条件を満たす必要があります。
- 欠損金が生じた事業年度および還付所得事業年度について、連続して青色申告書を提出していること
- 還付請求書を確定申告書と同時に提出すること
還付できる法人税額は、以下の算式で計算されます。
還付可能額 = 還付所得事業年度の法人税額× (欠損事業年度の欠損金額/還付所得事業年度の所得金額)
適用停止と特例の取扱い
この繰戻し還付制度については、一定期間において適用が停止されています。
具体的には、平成4年4月1日から令和8年3月31日までの間に終了する事業年度に生じた欠損金について、一定の法人(中小法人等を除く)は適用対象外とされています(措法66の12)。
ただし、清算中の事業年度や、解散・事業譲渡・更生手続開始などの特別な事由があった場合には、適用停止の対象外とされる場合があります。
なお、適用対象となる「中小法人等」とは、以下の法人を指します。
- 資本金1億円以下の普通法人 (大法人に完全支配されている法人を除く)
- 資本または出資を有しない法人(相互会社などを除く)
- 公益法人等または協同組合等
- 法人税法その他の法令により公益法人とみなされる法人
- 人格のない社団等
このように、制度の適用には多くの条件と例外規定があるため、実務上は細かな確認が不可欠です。
実務における留意点
欠損金の税務上の取り扱いにあたっては、以下の点に注意が必要です。
- 繰越控除は、申告調整事項として適正に反映すること
- 控除の順序は古い年度からの利用が原則
- 書類の保存義務や継続申告義務を満たしているか確認すること
- 繰戻し還付については、期限内の手続が求められるため早めの検討が必要
また、欠損金の利用に関しては、租税回避の防止目的で制度が厳格化されている側面もあるため、制度適用の際には法人の組織構成や資本関係なども慎重に見極めることが求められます。
第4章|税務の不安を相談できるサービス紹介
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本記事は、税制度に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の税務判断や対応策を推奨するものではありません。
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