第1章|課税標準と割引・値引き調整
「課税標準」とは何か
消費税において税額を算出する際の出発点となるのが「課税標準」です。これは、課税の対象となる取引を金額または数量で具体的に表したものであり、この課税標準に税率を乗じて、実際に納めるべき消費税額を計算します。
例えば、商品の販売やサービスの提供に際し、実際に受け取る(あるいは受け取るべき)代金の金額が課税標準になります。なお、課税標準の算定に際しては、消費税や地方消費税を含めない金額で計算することが基本となります。
以下では、国内取引・輸入取引ごとの課税標準の考え方と、値引きや返還などの調整項目について整理していきます。
国内取引における課税標準
①課税資産の譲渡等の課税標準
国内で行う商品やサービスの提供に関しては、「課税資産の譲渡等の対価の額」が課税標準とされます。この「対価の額」には、次のような内容が含まれます。
- 実際に受け取った金銭
- 将来受け取る予定の金銭(契約等で定めた額)
- 金銭以外の物や権利など、経済的利益に該当するもの
ただし、消費税と地方消費税の部分は対価から除外したうえで課税標準を算出する必要があります。そのため、税込価格から税額を抜く計算が必要となります。計算式は以下のとおりです。
課税標準=税込取引価額×100/(100+税率)
(※標準税率10%であれば100/110、軽減税率8%であれば100/108を乗じる)
なお、対価が未確定の場合には、課税期間の末日時点の状況をもとに適切に見積もる必要があります。その後、実際の金額が確定した際には、その差額を確定日の属する課税期間において調整します。
②特定課税仕入れに係る課税標準
特定課税仕入れに該当する取引では、「支払対価の額」がそのまま課税標準になります。ここでは、税込・税抜の調整計算は不要であり、実際に支払うべき金額が基礎となります。
支払対価には、現金だけでなく、物や権利の提供など経済的利益を伴うものも含まれる点に注意が必要です。なお、一定の場合(課税売上割合が95%以上の課税期間)には当該仕入れがなかったものとみなされるケースもあり、判断には制度の適用条件を正確に確認することが重要です。
特殊な取引における課税標準の扱い
日常的な売買取引とは異なり、特殊な事情を含む取引では課税標準の定め方が変わることがあります。代表的なケースをいくつか確認しておきましょう。
著しく低額での譲渡
法人が役員に対して資産を著しく低額で譲渡した場合、通常の販売価額のおおむね50%未満であるときには、その資産の時価が課税標準とされます。
家事消費等
個人事業者が棚卸資産を自家消費したような場合には、その棚卸資産の時価が課税標準として取り扱われます。
贈与取引
法人が役員に対して無償で資産を譲渡(贈与)した場合にも、その資産の時価が課税標準として用いられます。
これらの取引では、実際の受領額ではなく、取引の経済的実態に基づいた評価が必要となるため、税務上の判断が重要です。
なお、上記の家事消費及び贈与取引に関して、以下の金額で確定申告している場合には、その処理を認めることとされています。
- 棚卸資産の課税仕入れ以上の額であること
- 通常販売する価額の50%超に相当する額であること
対価の額を合理的に区分できない場合
例えば、土地(非課税)と建物(課税)のように、課税資産と非課税資産を一括して譲渡した場合、それぞれの対価を合理的に区分する必要があります。
合理的に区分できない場合には、譲渡時点での時価比率を用いて按分することになります。
個別消費税や源泉税が含まれるケース
商品やサービスの価格に含まれる税金の扱いについても整理しておく必要があります。
- 酒税やたばこ税などの個別消費税は、原則として課税標準に含めることとされます。
- 一方で、軽油引取税やゴルフ場利用税など、利用者が納税義務を負うものは、明確に区分されていない場合を除き、課税標準には含めないのが原則です。
- また、弁護士報酬等で源泉所得税が控除される場合には、実際に受け取る金額ではなく、源泉徴収前の金額を対価の額として用いる必要があります。
値引き・返還・ポイント還元時の調整
①売上に係る対価の返還等
事業者が、返品・値引き・割戻しなどを行った場合には、当該返還等を行った課税期間において、その金額に係る消費税額を控除できます。
計算式は以下のとおりです。
消費税額控除額=返還額(税込)×7.8/110
(※軽減税率8%適用分の場合は6.24/108)
この控除を受けるためには、返還等に関する明細を記録した帳簿を保存しておく必要があります。
②特定課税仕入れに係る対価の返還
仕入側で値引きや割戻しを受けた場合にも、同様に消費税額の控除が認められます。こちらは税込額に対し、次の式で計算します。
控除額=返還額×7.8/100
控除を行うためには、仕入明細の記録・保存が前提となる点も押さえておきましょう。
③貸倒れが生じた場合
売掛金などが回収不能になった場合には、当該金額に含まれる消費税相当額を控除できます。
控除額=貸倒金額(税込)×7.8/110
なお、後日回収があった場合には、その金額に係る消費税額を再度加算することになります。
第2章|標準税率・軽減税率と飲食料品判定
税率の基本構造と複数税率の考え方
消費税制度では、課税標準に対して税率を乗じて税額を算出しますが、現在は複数税率が採用されています。基本となる標準税率は7.8%、軽減税率は6.24%であり、これに地方消費税が加算されるため、実際の適用税率はそれぞれ10%、および8%となります。
このような複数税率が導入された背景には、特定の消費に対する配慮があります。実務では、どの取引にどの税率を適用するかの判定が必要であり、その基準を正しく把握しておくことが求められます。
軽減税率制度の対象範囲
軽減税率は、令和元年10月1日の税率引上げに伴い導入された制度であり、生活必需品に該当する一定の取引については、8%の税率が適用されます。ここでは、「飲食料品」と「新聞」の取引が対象となります。
飲食料品とは
軽減税率の対象となる飲食料品は、食品表示法に規定する「食品(酒類を除く)」が基本です。さらに、一定の条件を満たす一体資産も対象になります。
ただし、外食やケータリングなど、店舗や施設内で飲食させることを目的としたサービスの提供については、軽減税率の対象とはなりません。つまり、消費の形態によっては、同じ食品であっても税率が異なる結果になるということになります。
新聞とは
もう一つの対象である「新聞」については、一定の要件を満たすものに限られます。
具体的には、次のような条件を満たす必要があります。
- 一定の題号を用いていること
- 政治・経済等の社会的事実を掲載していること
- 週2回以上発行されていること
- 定期購読契約に基づいていること
この要件を満たさないもの、たとえば電子版の新聞などは、役務の提供に該当するため、軽減税率の適用対象には含まれません。
店内飲食とテイクアウトの税率判定
実務では、飲食料品に該当する取引であっても、販売形態によって適用税率が変わるケースがあります。特に、店舗での飲食と、持ち帰り(テイクアウト)では取り扱いが異なります。
- 店内で飲食する場合には、外食とみなされるため標準税率(10%)の対象となります。
- 一方、テイクアウトやデリバリーでの販売は、飲食料品の譲渡として軽減税率(8%)が適用されます。
こうした取扱いは、販売者側が顧客とのやり取りの中でどのような形態の提供を行っているかを明確にし、適切な税率を判断する必要があります。
旧税率が混在する取引への対応
令和元年10月1日以前に締結された契約などに基づき、その後に取引が実行された場合には、旧税率が適用されるケースがあります。こうした取引は、いわゆる「経過措置」の対象となります。
このように旧税率が現行税率と混在する取引が含まれる事業年度では、申告書や付表の作成においても、それぞれの税率ごとに明確に区分して記載する必要があります。
消費税申告書作成の具体的な流れ(旧税率あり)
旧税率が含まれる事業年度における申告書の作成では、付表の使用に注意が必要です。現行税率と旧税率を区分して処理するため、次のような手順で作成が進められます。
使用する付表の使い分け
- 旧税率適用分:付表1-2、2-2
- 現行税率適用分:付表1-1、2-1
これにより、売上・仕入・控除税額のすべてを税率ごとに明確に分けて集計し、正確な納税額を算出することが可能となります。
申告書第一表・第二表の作成
付表で集計された金額を、申告書の第一表や第二表に転記していきます。この際、控除税額の転記、100円未満の切捨ての扱い、軽減税率と標準税率の合算処理など、実務上の処理順序や記載位置にも配慮が求められます。
第3章|軽減税率とインボイス実務の結合
適格請求書の基本構造と記載事項
インボイス制度のもとでは、仕入税額控除を受けるためには、適格請求書(インボイス)の保存が必要です。この適格請求書には、法定の記載事項を満たす必要があり、税率ごとに区分された取引内容を正しく反映させることが求められます。
主な記載事項は以下のとおりです。
- 適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号
- 課税資産の譲渡等を行った年月日
- 資産または役務の内容(軽減対象資産の場合はその旨を記載)
- 税率ごとに区分した税抜価額または税込価額の合計額および適用税率
- 税率ごとに区分した消費税額
- 請求書の交付を受ける事業者の氏名または名称
特に軽減税率の対象となる資産がある場合には、「軽減対象資産の譲渡等である旨」の記載が必要となるため、記載漏れがないよう注意が必要です。
簡易インボイスとの違い
小売業など、不特定かつ多数の者を相手に取引を行う場合には、適格簡易請求書(簡易インボイス)を交付することも可能です。
この場合、次の2点については柔軟な運用が認められています。
- 「税率ごとに区分した消費税額等」または「適用税率」のいずれか一方の記載で可
- 「書類の交付を受ける事業者の氏名または名称」は省略可能
とはいえ、軽減税率の取引を含む場合には、対象資産の内容および対象資産である旨の記載が必要となります。簡易インボイスの交付が可能かどうかは、事業形態や取引内容によって判断されます。
インボイス交付フローと実務対応
①インボイスとする書類の決定
まず、自社でどの書類をインボイスとして扱うのかを明確にしておく必要があります。請求書、領収書、納品書など複数の書類を交付している場合には、どの組み合わせで法定の記載事項を満たすかを検討し、必要に応じて書式の統一や運用ルールの見直しが必要となる場面もあります。
②様式変更と端数処理の配慮
請求書発行システムを利用している場合には、帳票フォーマットの改修が必要になることもあります。また、税率ごとに1回の端数処理が原則であるため、金額の整合性をとる観点からも、インボイス制度導入を機に帳票システムを見直す企業もあるようです。
複数書類による対応とすり合わせの重要性
一取引につき複数の書類でインボイスの記載事項を満たすことも認められています。たとえば、納品書と請求書を組み合わせることでインボイスとしての要件を充足することも可能です。
ただし、買手側がその組み合わせを理解できない場合には、インボイスとして機能しない可能性もあります。そのため、実務では取引先と事前に書類の扱いについてすり合わせておくことが重要になります。
請求書を交付していない取引への対応
家賃や業務委託料など、取引の都度請求書を交付していない場合でも、インボイスの交付義務が発生します。このようなケースでは、一定期間ごとにまとめて交付する対応や、契約書と通帳等の組み合わせによる証拠書類保存で要件を満たすことも認められています。
契約書に登録番号の記載がない場合には、別途通知して保存を促す対応が必要になることもあるでしょう。
適格請求書発行事業者の義務
インボイス制度では、適格請求書発行事業者には一定の義務が課されます。
代表的なものは以下のとおりです。
- 相手方からの請求があった場合には、インボイスや返還インボイスを交付する義務がある
- インボイス等を交付した場合には、写し等を保存する義務がある
- 誤りがあった場合には、修正したインボイスを交付する必要がある
特に、請求があった場合の交付義務については、社内で対応方針を定めておく必要がある場面も想定されます。
特殊な取引に対する留意点
通常とは異なる形態の取引においては、個別の検討が必要になります。
たとえば以下のようなケースでは、一般的な請求書発行とは異なる取扱いが求められます。
- 仕入先が作成する仕入明細書を受け取るケース
- 任意組合などによる事業形態
- 媒介者交付特例を適用する販売委託
これらの取引は、制度上の要件を満たすために、個別の確認や文書対応が重要となります。
売上税額の計算方法と積上げ方式の選択
インボイス制度においても、売上税額から仕入税額を控除する方式は維持されており、次の2通りの計算が認められています。
割戻し方式(原則)
- 課税資産の譲渡等の税込金額に100/110(軽減税率は100/108)を乗じた課税標準額に対して、7.8%(または6.24%)を乗じて税額を算定
積上げ方式(特例)
- インボイス等に記載された税率ごとの消費税額に78/100を乗じて計算
- 交付書類の保存が前提
- 仕入税額も積上げ方式で計算する必要あり
特に取引件数の多い業種では、積上げ方式の方が端数処理による納税負担の調整につながる場合もあるかもしれません。
簡易課税制度とインボイス制度の併用
簡易課税制度を適用している事業者であっても、インボイス発行事業者として登録した場合には、インボイスの交付が求められます。
ただし、仕入税額控除の対象とはならないため、仕入先に対してインボイスの交付を求める必要はなく、あくまで売上側の対応が中心となります。
免責事項
本記事の内容は、公開時点における法令および実務の取扱いに基づき作成されたものです。税務に関する解釈や適用には個別事情により差異が生じる可能性があるため、実際の対応にあたっては、必ず顧問税理士・会計士等の専門家にご相談のうえご判断ください。
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