第1章|相続・贈与の全体像を掴む
税目間の位置づけと制度趣旨を一望する
相続税・贈与税とは何か
相続税は、亡くなった方 (被相続人)の財産を相続または遺贈によって取得した人に課される税金です。
遺贈とは、亡くなった方が生前に遺言によって財産の譲渡を指定していたケースを指します。
いずれの場合も、取得した財産の価額に応じて、 相続税が課される仕組みです。
贈与税は、生前に個人から財産を受け取った場合に、その受贈者に対して課されます。つまり、相続税が死亡による財産の移転を対象とするのに対して、贈与税は生前の財産移転を対象としています。
相続税と贈与税はいずれも「財産を無償で取得したこと」に着目して課税する制度です。そのため、制度上も密接に連携しており、両者とも相続税法のなかで定められています。
相続税・贈与税が果たす社会的な役割
こうした税金は、単に財産を引き継いだ人に課税されるだけではなく、いくつかの重要な役割を担っています。大きく分けると、 以下の2つが代表的です。
所得税の補完機能
被相続人が生前に蓄積した財産には、所得税が課されていない部分が含まれている場合があります。
たとえば、所得控除や非課税制度などによって課税を免れた財産が蓄積されていたとすると、それをそのまま引き継ぐことで税の不公平が生じることになります。
このような背景から、相続税は「最終的に蓄積された財産に対する清算」として、所得税を補完する機能を持っていると考えられています。
富の集中を抑制する機能
また、相続によって大きな財産を得た人と、そうでない人との間には、経済的な格差が生じやすくなります。
もし、相続に課税がなければ、世代をまたいで富の偏在が固定化されることにもつながりかねません。
そこで、相続税や贈与税を通じて、こうした富の集中を一定程度是正し、経済的なバランスを維持しようという考え方が、制度の根底にあります。
相続税・贈与税の課税方式
相続税の課税方式には、大きく分けて「遺産課税方式」と「遺産取得課税方式」の2つがあります。
遺産課税方式
この方式では、被相続人の遺産全体に対して税額が決まり、その金額を相続人が分担するという仕組みです。
特徴としては、所得税の補完という意義に沿った設計であり、作為的な遺産分割による課税逃れを防ぎやすい点が挙げられます。また、税務の執行が比較的簡便になるという実務的な利点もあります。
遺産取得課税方式
一方、日本の制度では、「遺産取得課税方式」を基本としています。
この方式では、各相続人が実際に取得した財産の額に応じて、それぞれの税額が決まります。
累進税率が適用されるため、財産の多寡に応じた負担の公平が図りやすくなっているのが特徴です。
ただし、取得割合によって税負担が変わることもあり、仮装の分割を通じて節税を図るような問題点も指摘されてきました。
現行制度の特徴|法定相続分課税方式
現在の相続税では、「遺産取得課税方式」を基本としながらも、「法定相続分課税方式」と呼ばれる手法が用いられています。
これは、各相続人が法定相続分どおりに財産を取得したと仮定して、いったん相続税の総額を算出し、それを実際の取得割合に応じて按分するという仕組みです。
この方式は、昭和33年の税制改正で導入されたもので、制度としての公平性を保ちつつ、税務執行上の実効性を確保するために設計されたとされています。
贈与税の役割と課税構造
贈与税についても、相続税と同様に、一定の社会的機能を持っています。
仮に、贈与税が存在しなければ、相続税の回避を目的として生前に多額の財産を贈与することで、税負担を不当に軽減することが可能となってしまいます。
そこで、贈与税を課すことで、相続税の補完機能を果たす制度として整備されているのが実情です。
日本の贈与税制度では、財産をもらった人(受贈者)に課税する「受贈者課税方式」が採用されています。
これは、相続税が遺産取得課税方式を基本としていることと整合性を持たせるためです。
また、贈与税は相続税よりも課税最低限が低く、税率も高めに設定されており、制度的にも相続との使い分けが意識されています。
相続税と贈与税の接点|一体的な制度設計
相続税と贈与税は、それぞれ別の税目ではありますが、実務上は一体で捉えられる場面が多くあります。
たとえば、相続の開始前7年以内に被相続人から受けた贈与については、その価額を相続税の課税対象に加算する仕組みが設けられています。
これは「持ち戻し加算」と呼ばれるもので、相続前に行われた贈与によって税負担が著しく変動することを防ぐ目的があります。
さらに、相続時精算課税制度という選択肢もあります。
これは、贈与の時点で一定の計算を行ったうえで、相続発生時に最終的な課税を行う方式であり、生前贈与と相続を一体として捉える制度設計といえます。
遺贈や死因贈与との違いを整理する
財産の無償移転には、相続や贈与のほかに「遺贈」「死因贈与」といった形態もあります。
これらは、いずれも死亡を契機に財産を譲渡するという点で共通していますが、法律上の位置づけが異なります。
相続
法定相続人が、被相続人の財産を受け取ること
遺贈
遺言による贈与で、相続人以外の人も対象になり得ます。
死因贈与
契約によって「死亡したら贈与する」と定めていたケースです。
いずれも形式上は相続とは異なりますが、相続税の課税対象となる点では共通しています。
相続と他税目との接点|準確定申告の必要性
被相続人が生前に所得を得ていた場合には、その年の所得についての申告が未了の状態で亡くなることになります。
この場合、相続人が被相続人の代わりに確定申告を行う必要があり、これを「準確定申告」と呼びます。
準確定申告は、相続開始から4か月以内に行う必要があり、忘れがちな手続きのひとつです。
相続税と同時並行で行う必要があるため、スケジュール管理も重要となってきます。
また、相続開始により発生する財産移転の一部は、消費税課税事業者においても影響を与えることがあり得ます。
たとえば、相続により事業用資産を取得した場合の処理などが該当します。
以上が、相続税と贈与税の全体像を整理した内容となります。
次章以降では、相続が発生したあとの手続きや相続人の確定、そして遺言・分割・税務との関係について、より具体的に見ていくこととしましょう。
第2章| 相続開始と相続人の確定
民法のルールを土台に、税務判断に直結するポイントを把握する

相続はいつ・どこで始まるのか
相続が発生するきっかけは、「死亡」です。
これは自然死だけに限らず、失踪宣告による死亡の擬制も含まれます。
法律上、 相続は被相続人が死亡した瞬間に発生するとされており、これは時間的にも非常に重要な意味を持ちます。
たとえば、普通失踪の場合は「7年間行方不明であること」、特別失踪では「危難が去った後1年を経過しても生死が不明であること」が、それぞれ相続開始の条件となります。
また、相続が「どこで」開始するかという点については、被相続人の住所地が基準となります。
この住所地が、申告・手続きの際の所轄税務署の管轄にも関わってくるため、確認は欠かせません。
相続人の範囲と法定相続分の基本整理
次に、誰が相続人となるのか、そしてどのように分けるのかという問題に移ります。
法律上、配偶者は常に相続人とされ、そのうえで血縁関係にある人が順位に応じて相続人となります。
- 第1順位:子(および代襲相続人)
- 第2順位:直系尊属(主に両親)
- 第3順位:兄弟姉妹 (および代襲相続人)
この中で「代襲相続」という概念は特に重要です。
たとえば、相続人である子が先に亡くなっていた場合、その子(つまり被相続人から見て孫)が代わりに相続人となる仕組みです。
兄弟姉妹にも代襲は認められますが、再代襲は認められていません。
胎児もまた、一定の条件のもとで生まれたものとみなされ、相続人となることがあります。
これは出生に準じる扱いで、法定相続分を計算する際には注意が必要です。
なお、法定相続分の割合は、配偶者と子であれば2分の1ずつ、配偶者と直系尊属の場合は配偶者が3分の2、兄弟姉妹と配偶者の場合は配偶者が4分の3となっています。
血縁関係の解釈と例外
相続に関しては、血縁関係や法律上の親子関係の把握が不可欠です。
近年では、養子縁組や非嫡出子に関する取り扱いも変化していますので、実務上も柔軟な判断が求められる場面が見られます。
たとえば、非嫡出子の相続分については、現在では嫡出子と同等に扱われています。
これは過去の最高裁判例により確定したもので、法定相続分の計算において差がつくことはありません。
また、養子には「普通養子」と「特別養子」の2種類があります。
普通養子では実の親との関係が継続しますが、特別養子では実親との法律上の関係が終了します。
この点は、相続人のカウントや基礎控除額にも影響するため、注意が必要です。
節税目的での養子縁組についても、一定の制限が設けられています。
相続税の計算上、実子がいる場合は養子の数を1人まで、実子がいない場合でも2人までと制限されているのはそのためです。
相続人になれない場合と、権利の放棄
法律上、相続人となる資格を失う場合があります。
代表的なのが「相続欠格」と「相続人の廃除」です。
前者は、たとえば被相続人を殺害した場合や遺言書を偽造した場合などに該当し、当然に相続権を失います。
一方の廃除は、被相続人の生前の意思によって、家庭裁判所の手続きを経て相続人の資格を奪うものです。
虐待や著しい非行などがあった場合に、この制度が利用されることもあります。
また、自らの意思で相続権を放棄する「相続放棄」という制度もあります。
これは家庭裁判所に申述をすることで行い、いったん放棄すれば、最初から相続人ではなかったものとして取り扱われます。
未成年者や所在不明者が相続人である場合
実務でときどき発生するのが、未成年の相続人が含まれているケースです。
たとえば、親と子がともに相続人であり、かつ利害が対立する場合などには、未成年者に代わる「特別代理人」の選任が必要となります。
この手続きは家庭裁判所で行われます。
また、長期間連絡が取れない相続人がいる場合には、不在者財産管理人の選任を申立てることが可能です。
この管理人は、家庭裁判所の許可を得て遺産分割協議に参加し、税務署に提出する申告書へも連署することができます。
以上が、相続開始から相続人の確定に関する基本的な考え方です。相続の実務では、こうした民法のルールが前提となり、 それに基づいて税務上の判断が積み上げられていく形になります。
最初の段階で情報を整理しておくことが、後の手続きや申告に大きな違いを生むこともありますので、あらかじめ全体像を掴んでおくことが大切です。
第3章| 遺言・遺産分割・遺留分と税務
分割方法が税額・納税方法に与える影響を理解する
遺言書の基本と検認の制度
相続をめぐる争いを避けるうえで、遺言書の存在は大きな意味を持ちます。
民法上、遺言にはいくつかの方式があり、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言といった分類がなされています。
自筆証書遺言は、全文・日付・氏名を本人が書き、押印する必要があります。
最近では、財産目録部分については自書でなくてもよいという柔軟な運用が認められており、通帳のコピーや不動産登記事項証明書などの添付が可能です。
遺言者が亡くなった後は、公正証書遺言を除き、原則として家庭裁判所による検認手続が必要です。
検認は、遺言の有効性を判断するものではありませんが、改ざんや隠匿を防止する目的で行われるものです。
なお、自筆証書遺言が法務局に保管されている場合には、この検認手続は不要となります。
遺産分割の方法と税務上の影響
相続財産は、遺産分割によって各相続人に配分されます。
代表的な分割方法としては、現物分割・代償分割・換価分割の3つがあります。
現物分割は、たとえば土地や建物をそのまま分ける方法で、最も一般的な形式です。
代償分割は、特定の財産を一人が取得し、他の相続人に金銭で補填するやり方です。
換価分割は、財産を売却して代金を分け合う形を取ります。
代償分割の場合には、代償金の支払いがあった者は、その金額を取得財産から控除します。逆に、受け取った相続人は、 相続財産として加算することになります。
この調整は、相続税の課税価格に影響を与えるため、注意が必要です。
また、小規模宅地等の特例など、特定の要件を満たすことで税額を大幅に軽減できるケースもありますが、未分割のままでは適用されない制度もあるため、早めの分割協議が望ましいといえます。
遺留分や特別寄与など、相続人間の調整要素
遺留分とは、一定の相続人に保証される最低限の取り分のことをいいます。
兄弟姉妹を除く直系尊属(子がいない場合)・子・配偶者に認められており、これを侵害する遺贈や贈与があった場合には、金銭の支払いを求めることができます。
この「遺留分侵害額請求」は、内容を通知することで効力が生じます。
請求の相手は、まず遺贈を受けた者、次いで贈与を受けた者と順に指定されており、複数いる場合には各人が一定割合で負担する仕組みです。
請求権には時効があり、「相続の開始と侵害を知った時から1年」または「相続開始から10年」で消滅します。
放棄も可能ですが、生前に行う場合は家庭裁判所の許可が必要です。
また、相続人でない親族が無償で介護などに努めた場合には、「特別寄与料」として金銭を請求できる制度もあります。
これは相続人との公平を図るための制度で、請求が調わない場合には家庭裁判所への申し立ても可能とされています。
配偶者居住権と税務上の評価の考え方
近年の法改正により、「配偶者居住権」が創設されました。
これは、亡くなった配偶者の持ち家に引き続き無償で住み続けられる権利であり、相続時の評価額が低く抑えられることから、相続税負担の軽減効果もあります。
この制度は、被相続人と一緒に住んでいたことが前提で、遺産分割や遺言に基づいて取得することになります。
また、配偶者居住権とは別に、「配偶者短期居住権」という制度もあり、遺産分割が未了の場合でも一定期間の居住を保障する枠組みが整えられています。
税務的な視点で見る遺産分割協議書のチェックポイント
「遺産分割協議書」は、相続税の申告や不動産の名義変更の際に必要となる重要書類です。
形式上は自由に作成できますが、税務上の要件を満たさない場合には、思わぬ不利益を被ることがあります。
たとえば、分割の内容が曖昧であったり、相続人全員の署名押印が欠けていたりすると、税務署から形式不備として扱われる可能性もあります。
相続税の特例適用においては、明確な記載がなされていることが前提となるため、形式と実質の両面から確認が求められます。
免責事項
本記事は、相続および贈与に関する一般的な制度の概要や実務上の留意点について、専門家としての立場から整理・解説したものです。内容は、法令や実務の現行基準に基づいて記載していますが、個別具体的な案件への適用にあたっては、 事前に専門家への相談や所轄税務署等への確認を行うことを推奨します。
なお、本記事の記載により生じたいかなる損害・不利益についても、筆者および本サイトは一切の責任を負いかねます。あらかじめご了承ください。
コメント