「セミリタイア、してみたいと思ったことはありませんか?」
──ある日、ふとそんな話題になった飲み会で、私は不意に聞かれたことがあります。当時、私は40代に差し掛かったばかり。仕事は順調でも、心のどこかに「このまま、定年まで走り切れるんだろうか?」というモヤモヤがありました。
それから数年、個人の価値観はもちろん、働き方や老後のあり方も大きく変わってきました。特に最近では、「FIRE」や「セミリタイア」という言葉が広く認知され、”仕事に縛られない生き方” に現実味が出てきています。
とはいえ、「もう40代だし」「貯金もそこまでないし」と、諦めモードになっていないでしょうか?
実は──40代からでも、資産目標を正しく設計すれば、セミリタイアは現実的な選択肢になり得るのです。
本記事では、ファイナンス実務の視点とFP的な生活設計の両面から、セミリタイアに必要な資産目標の立て方を徹底解説していきます。数字の裏側にある“本質”をひもときながら、40代ならではの不安や課題も丁寧にすくい上げます。
目指すのは、「自分の人生を、自分で設計できるようになること」。
その第一歩を、今日から一緒に始めてみませんか?
第1章|40代セミリタイアは「まだ間に合う」のか? ――長寿化・働き方多様化で変わるライフデザイン

1-1|人生100年時代の“リアル”:健康寿命と老後リスク
数字は、人生の設計図を裏切りません。
2023年時点で、日本人の平均寿命は男性81.09年、女性87.14年。しかし、健康で自立した生活を送れる“健康寿命”はそれぞれ72.57年、75.45年とされており、その差は男性で8年半、女性で11年半にもなります。
つまり、定年後20年、30年という長い時間のなかで、「自立していられない期間」を前提に生きていく覚悟が必要な時代なのです。
「定年まで働いて、あとは余生」──そんなライフモデルはもはや過去のものかもしれません。
1-2|働き方の選択肢は、確実に広がっている
日本の企業は、ここ10年で“引退のあり方”を大きく変えました。
65歳までの雇用確保措置を実施する企業は**ほぼ100%**に到達。さらに、70歳までの継続就業制度を整備した企業も30%超と、働き続ける道は拡大しています。
──ですが、これは裏を返せば「働かない選択」が難しくなったとも言えます。
キャリアに一区切りをつけて、自分の意志で“働く or 働かない”を選べる状態──
それを目指すのが、セミリタイアという選択なのです。
1-3|40代に降りかかる“二重負担”と向き合う
「親の介護が始まった」「子どもの学費がかさむ」──
そんな声を、40代以降の友人からよく耳にします。
実際、40代はライフイベントの集中期。
親世代のサポートと子どもの教育費が重なり、可処分所得が最も多いはずの時期に、自由なお金が残りにくい構造が生まれます。
ここを抜け出すには、単に“節約”するだけでなく、家計全体を構造的に見直す視点が求められます。これについては後章で詳しく解説します。
1-4|50代・60代になってからでは遅い?──後悔トップ3
40代のいまこそ、「時間の価値」に目を向けておくべきです。
よく聞くセリフに、こんなものがあります。
- 「もっと早く資産形成しておけばよかった」
- 「健康なうちに、自由な時間を増やしておけば…」
- 「家計の見直しなんて、あの頃は面倒でやらなかった」
これらは、**後からでは取り返しのつかない“後悔”**として、多くの人が挙げるリアルな声です。
セミリタイアは「いますぐリタイアしろ」という提案ではありません。
“選べる未来”を手に入れるための選択肢を今のうちに増やす──その準備なのです。
第2章|セミリタイア計画の出発点 ――「暮らしのビジョン」を言語化する
2-1|“何から自由になりたいのか?”を問う4つの質問
「セミリタイアしたい」と感じたとき、まず考えるべきは**“何から逃れたいのか”**です。
以下のような問いに、自分なりの答えを出してみてください。
- 毎日の通勤ラッシュ?
- 成果の見えない仕事?
- 時間に追われる生活?
- あるいは、誰かの期待?
この問いの先にあるのは、“理想の生活”ではなく**“現実に感じている違和感”**です。
そこからしか、本当のプランは立てられません。
2-2|FIREの3つの型から選ぶ、自分らしいリタイア像
セミリタイアの代表的なスタイルは次の3つ:
- 完全FIRE:生活費すべてを投資収益で賄う
- サイドFIRE:必要最低限は投資収益で、それ以外は副収入でカバー
- バリスタFIRE:ゆるい働き方(パート等)+資産収益で生活
40代から現実的に目指しやすいのは、サイドFIREやバリスタFIREです。
労働からの完全な解放ではなく、“働き方のコントロール”こそが本質だと私は考えています。
2-3|都市部 or 地方?──生活コストと価値観の棚卸し
移住すれば生活費が下がる、という意見もありますが、それは一部正解・一部誤解です。
例えば、地方では家賃が下がっても、車の維持費やガソリン代が上がることがあります。
また、教育や医療へのアクセスは都市部の方が充実しています。
何を重視するかによって、選ぶべき拠点は変わってきます。
「コストだけ」で判断しないこと──これが非常に重要な視点です。
2-4|パートナーとの“ズレ”を乗り越えるには?
最後に忘れてはならないのが、家族の同意です。
特に夫婦でセミリタイアを目指す場合、「意識のズレ」が後々大きなトラブルになりかねません。
私が関わってきたケースでは、**“価値観を言語化しないまま計画を進めた”**ことが、すれ違いの原因になることが多く見られました。
ポイントは、数字の話の前に、感情の話をすること。
そして、現実的な着地点を見つけるためには、「正しさ」より「納得感」が大切なのです。
第3章|現状の生活費を“数字で掴む” ―― 家計の見える化と分類テクニック
3-1|セミリタイア準備の第一歩は「家計の棚卸し」
セミリタイアにおける最大の落とし穴。それは「自分の生活費を正確に把握できていないこと」です。
私はこれまで何度も、「いくらあればセミリタイアできますか?」と聞かれてきました。
──ですが、実のところ、“いくら必要か”は、“今いくら使っているか”がわからなければ逆算できないのです。
まずやるべきは、「生活費の棚卸し」。つまり、毎月どこに、いくら使っているかを一度まっさらな目で見直すことです。
3-2|固定費・準固定費・変動費に分けて“構造”を把握する
生活費は、大きく3つに分類できます。
- 固定費:毎月ほぼ変わらない支出(家賃/住宅ローン、通信費、保険料など)
- 準固定費:月によってやや変動するが予測可能な支出(光熱費、食費、子どもの習い事など)
- 変動費:突発的・娯楽的な支出(外食、旅行、交際費、衣類、ガジェット購入など)
この分類をするだけでも、「自分の生活のどこに“余白”があるか」が見えてきます。
ちなみに、総務省の家計調査では、平均的な二人以上世帯の支出構成(一部)は以下のようになっています:
- 食料:約26%
- 住居:約6%
- 光熱水道:約7%
- 交通・通信:約16%
- 教養娯楽:約10%
ここに「自分の実感」とズレがあれば、それだけで見直すヒントがあると言えるでしょう。
3-3|“家計簿が続かない人”でも3か月で把握できる方法
家計簿が苦手な方におすすめなのが、**「3か月間だけの追跡トラッキング法」**です。
やることはシンプル:
- 対象のクレジットカード・口座・アプリを1つに絞る
- 使ったらその場でメモせず、月末に明細をまとめて確認
- 上記の分類(固定/準固定/変動)に分けてExcelかメモ帳に整理
このやり方だと、記録のストレスがなく、“傾向”が見えることが最大のメリットです。
セミリタイアの土台は、まずこの “数字の可視化” にあります。
3-4|将来の支出変動もシミュレーションに組み込む
今の生活費だけで資産目標を立ててしまうと、「変化」への対応力が落ちます。
例えば:
- 子どもの教育費が中学~高校~大学と段階的に上がっていく
- 住宅ローンの更新・繰上返済・完済タイミング
- 保険料の更新や、満期・保障終了による変化
これらを**「将来支出イベント表」**のような形で時系列で並べてみるだけで、「何歳のときに資金が多く必要になるのか」が具体的に見えてきます。
加えて、2020年以降続くインフレ傾向──つまり、物価の上昇も無視できません。
例えばCPI(消費者物価指数)は2020年からの4年間で約8%の上昇。
同じ生活をしているだけで、支出が年間30万円〜50万円増えている世帯も少なくありません。
セミリタイアを見据えるなら、「将来の支出は今より高い」くらいの前提で計画を立てておく方が、結果的に安心できます。
第4章|40代特有のリスクを織り込む ―― 教育費・親の介護・自分の健康
4-1|教育費──公立・私立・大学で“3倍以上”差がつく
「うちは公立だからそんなにかからない」と思っていませんか?
文部科学省の調査によると、1年間にかかる教育費は:
- 公立小学校:約33万円
- 私立小学校:約183万円
- 公立中学校:約54万円
- 私立中学校:約156万円
- 公立高校:約60万円
- 私立高校:約103万円
- 私立大学初年度:約147万円(入学金含む)
さらに、大学進学後には仕送りや下宿費用などもかかるケースが大半です。
教育費は「月1万円の積立で足りる」ような話ではありません。
家計の中で“最も予測が立てやすい”ライフイベントなので、逆算→準備の流れを早めに組んでおくべきです。
4-2|親の介護費用は“思った以上に突然に”やってくる
もう一つ、40代以降で急にのしかかってくるのが「親の介護」です。
厚労省のデータでは、介護保険施設の月額費用は約32万円。
在宅介護でも月額約12.5万円以上かかっています。
しかも、これは突然やってきます。
- 転倒して入院→そのまま要介護認定へ
- 認知症の進行により、金融管理が困難に
など、**“ある日を境に生活が激変する”**ことが珍しくありません。
セミリタイア後に親の介護が始まれば、収入がない中で想定外の出費に直面する可能性があります。
このリスクを織り込まずに「毎年300万円あればいい」といった計画を立てるのは危険です。
4-3|自分自身の健康と医療費も“長生きリスク”の一部
意外と見落としがちなのが、「自分自身の健康リスク」です。
厚労省が示す将来医療費の見通しによると、2040年には医療費が80兆円超に達すると見込まれています。
つまり、保険料や自己負担の増加の可能性が高いということ。
高額療養費制度や介護保険の自己負担割合も、年収によって自己負担が大きくなるしくみになっており、「年収が高い=負担が増える」という逆転現象も起こります。
加えて、がんや生活習慣病といった長期療養リスクは、40代からの健康診断結果にも徐々に兆しが現れ始めます。
「いざというときは保険があるから」ではなく、そもそも保険に頼らない備え方を持っておくことも大切です。
4-4|リスクに“備える or 受け入れる”という二択
私は、セミリタイアの相談を受けたときに必ずこう聞きます。
「最悪のシナリオって、どんな状況を想定していますか?」
答えが返ってこないときほど、その人の計画は“崩れやすい”と感じます。
重要なのは、「リスクを恐れる」のではなく、リスクに“優先順位をつける”こと。
- 教育費 → できるだけ備える
- 介護費用 → 状況に応じて受け入れる
- 医療費 → 自己負担の範囲を想定し、無理のない備えを
すべてのリスクに備えるのは不可能です。
だからこそ、どこにリソースを割くかを冷静に考える必要があります。
第5章|目標資産額を逆算する ―― “必要生活費 × 25年”だけで足りるのか?

5-1|“年間支出×25倍”のFIRE式、40代には通用するのか?
「生活費の25倍を用意すればリタイアできる」──FIREの代表的な指標、いわゆる「4%ルール」ですね。
これは、年間支出300万円で暮らすなら7,500万円の資産を作ればOK、という単純計算です。
でも正直に言うと、この計算式をそのまま信じてしまうのは危ういと私は思っています。理由は3つあります:
- 日本の税制や社会保険制度が米国とは異なる
- インフレと長寿リスクを過小評価しがち
- 40代からのスタートでは“取り崩し期間”が長すぎる
たとえば、年金が65歳以降に支給されることを前提に55歳でセミリタイアした場合、**“収入ゼロで10年間生活費を捻出する”**必要があります。しかも、その間に親の介護、自分の健康リスク、子どもの進学などが重なる可能性もある。
ですから、単純な掛け算ではなく、「分割して」「用途別に」資金計画を立てるアプローチが有効です。
5-2|「年金開始時期」が資産目標に与えるインパクト
公的年金は65歳から受給するのが基本ですが、75歳まで繰下げることで、月額が最大84%まで増額される制度があります。
一方で、繰下げたぶん、それまでの生活費は自己資金で賄う必要があります。
つまり、「もらえる額は増えるけど、その間に食い潰す額も増える」というジレンマですね。
しかも、繰下げ受給を選択している人はごく一部で、現実的には繰下げを活用しきれていない人が大半という実態もあります。
ここから見えてくるのは、「年金受給開始のタイミング」は資産計画における第二のターニングポイントだということです。
私の提案としては、65歳受給を基本線としつつも、繰下げを“選択肢の一つ”として残しておく設計が理にかなっていると感じます。
5-3|退職金・企業型DC・iDeCo──取り崩す“順番”で損得が変わる
セミリタイアを考える40代には、「自分がどんな資産の“箱”を持っているか」を一度確認してほしいと思っています。
- 退職金(または退職給付型の企業年金)
- 企業型DC(確定拠出年金)
- iDeCo(個人型確定拠出年金)
- 課税口座の金融資産
- 現金
これらはすべて「取り崩しタイミング」と「課税扱い」が違うのです。
たとえば:
- 退職金 → 退職所得扱い(税制上かなり有利)
- iDeCo → 年金として受け取ると雑所得(控除対象あり)
- 課税口座 → 利息・配当や売却益には20.315%課税
- 現金
もしこれらを適当に順番に取り崩してしまうと、税負担や年金の繰下げタイミングに悪影響を及ぼす可能性があります。
私が提案したいのは、「用途別バケット」の考え方です。
5-4|資産を「4つのバケット」に分けて管理する
セミリタイアに必要な資産は、以下の4つに分けて考えるとスムーズです。
- 生活費バケット:年間支出×想定年数。インフレ調整後の実質値で。
- 緊急用バケット:医療・介護・事故・想定外の一時支出に備える。目安は100〜300万円。
- 夢バケット:旅行・趣味・学び直しなど、人生を豊かにする活動費。モチベーション維持にも◎
- ヘルスケアバケット:高齢期以降の医療・介護の長期資金。公的保険を前提に上乗せする発想
このように分けておくことで、「どこまでなら使ってよくて、どこからは減らさないようにするか」が視覚的に明確になります。
私自身、ある相談者様のケースでこの方式を導入したところ、家族会議のストレスが激減した経験があります。
──つまり、資産管理は、家計とメンタルの両方を整える“整理術”でもあるのです。
第6章|資産形成フェーズで使える“40代向け戦術”
6-1|リスク許容度は“年齢”で決まらない
「40代だからリスクは取れない」と思っていませんか?
でも実際には、年齢だけでは判断できません。
リスク許容度は、
- ① キャリアの残り年数(再就職・副業可能性を含む)
- ② 家計余力(生活費と貯蓄率)
- ③ 心理的耐性(暴落時にどう感じるか)
の3軸で考えるのが現実的です。
たとえば、夫婦共働きで貯蓄率が高い世帯なら、40代でもある程度リスク資産の比率を高めることで資産形成スピードを上げられます。
6-2|資産クラスの役割と組み合わせ──“増やす資産”と“守る資産”を分ける
✅ 主な資産クラスとその役割
資産クラス | 主な特徴 | 期待される役割 | 主なリスク・注意点 |
---|---|---|---|
① 日本株式 | 東証上場株式など | 国内景気に連動。中長期の資産成長 | 短期変動が大きく、リスク耐性が必要 |
② 米国株式 | 米国企業への投資(個別株・ETF) | 高成長・株主還元重視。世界経済の中心市場 | 為替リスク・政治リスク・二重課税など |
③ 債券(国内) | 国債・社債・個人向け債券 | 元本安定性・金利収入。リスク分散の受け皿 | 金利上昇局面で価格下落のリスク |
④ REIT(不動産投資信託) | J-REITや海外REIT | 分配金収入・インフレヘッジ要素 | 景気・金利・不動産市況の影響大 |
⑤ 外国株(先進国・新興国) | 欧州・アジア・中南米など | 地域分散・為替分散のための投資先 | 政治・規制・通貨の不安定性が高い |
⑥ 現預金(日本円) | 銀行預金・定期・流動性資産 | 安定性・緊急時対応資金。すぐに使える | インフレによる実質価値の目減り |
✅ 私が意識している「4機能」と、それに対応する資産クラス
役割 | 主な該当資産 | 機能の概要 |
---|---|---|
① 資産の成長エンジン | 日本株式・米国株式・外国株(先進国・新興国) | 長期的に資産価値を伸ばす源泉。インフレに強いが、短期的な価格変動が大きいため、取り崩しタイミングには注意が必要。 |
② クッション・安定資産 | 国内債券(国債・社債・個人向け債券) | 値動きが小さく、暴落時にも価格が大きく崩れにくい。株式と反対の値動きをすることも多く、分散投資の“受け皿”として機能する。 |
③ インフレ耐性+収益補完 | REIT(国内外) | 物価上昇局面に強い性質を持ちつつ、安定的な分配金も得られる。住宅・商業不動産など実物資産との連動性が特徴。ただし金利上昇や景気悪化には弱い。 |
④ 緊急対応資産・流動性の確保 | 現預金(日本円) | 暴落時や生活費支出の“待機資金”。資産全体の値動きに耐える「余白」として最も重要。必要時にすぐ現金化できるという安心感が、運用面でも精神面でも効果的。 |
この“役割”を意識してポートフォリオを組めば、セミリタイア中の暴落にも冷静に対応できます。
6-3|住宅ローン繰上げ vs 投資拡大──レバレッジの正しい扱い方
「住宅ローンを繰り上げ返済すべきか、それとも投資を優先すべきか?」という相談も多いです。
住宅ローン金利は2024年時点で変動型0.5%前後、10年固定型で1.8%程度。
一方、株式やREITの長期期待リターンは5〜9%前後。
表面上は「投資のほうがリターンが高い」と見えますが、そこに**“安心感”という心理的価値**をどう織り込むかがポイントです。
繰り上げ返済で得られるのは、支出の固定化を減らす=生活の自由度が高まるという無形の効果。
そのため、私がよく提案するのは:
- 生活防衛資金+当面の教育費を確保できたら
- ローンの一部(例:残額の20〜30%)を繰上げ
- それ以外は投資に回す
というハイブリッド型の判断です。
レバレッジは使い方を間違えなければ、資産形成の味方になります。
6-4|優先順位で迷わない──税制優遇アカウントの“埋める順番”リスト
それぞれの制度には、拠出できる金額の上限や資金の引き出し制限、税制メリットの種類などが異なります。
そのため、「どれから使うべきか?」という優先順位は、人によって大きく変わってきます。むしろ、自分にとって何を優先したいか──たとえば、「今すぐ手取りを増やしたいのか」「なるべく自由に引き出せるようにしたいのか」「企業制度を活かしたいのか」などに応じて、柔軟に使い分けていくのが現実的です。
代表的な4つの制度について、それぞれの特徴を簡単に整理しておきます。
- 新NISAのつみたて枠(年間120万円)
長期のインデックス投資向きで、非課税期間は無期限。途中で売却しても非課税枠が再利用できるなど、自由度の高さが魅力です。 - 新NISAの成長投資枠(年間240万円)
個別株やETFなど、値動きの大きい商品も選べます。非課税メリットはつみたて枠と同じですが、リスク許容度に応じた判断が求められます。 - iDeCo(掛金上限は職業・企業年金の有無で変動)
掛金が全額所得控除となるため、特に所得税率の高い人にとっては強力な節税手段になります。ただし、原則60歳まで引き出せない点には注意が必要です。 - 企業型DC(勤務先制度に準拠)
勤務先が制度を導入している場合、会社が負担する掛金は“給与の上乗せ”に近い位置づけ。マッチング拠出が可能であれば、自己拠出分も非課税扱いになります。
こうした制度を活用するうえで大切なのは、制度の違いに惑わされることではなく、**「自分の家計や将来設計に照らして、どこから手をつけるか」**を整理しておくことです。
たとえば──
- 今後5年以内に使う可能性のある資金はあるか?
- 現在の所得税・住民税率はどれくらいか?
- 勤務先に退職金制度や企業型DCはあるか?
- セミリタイア後にどれくらいの流動性を確保しておきたいか?
こういった条件を見える化しておくことで、自分にとって“使いやすい制度”が自然に見えてくるはずです。
第7章|収入を増やし、支出を絞るリアル戦略 ―― 40代ならではの“てこのかけ方”

7-1|セミリタイアには「増やす」か「減らす」か──2つの方向性
セミリタイアに必要な資産を準備するには、「入ってくるお金を増やす」か「出ていくお金を減らす」か、そのどちらか──あるいは両方です。
ここで大切なのは、“年収が多いから達成できる”わけでも、“支出を極限まで削ったら達成できる”わけでもないという点。
セミリタイアとは、自分にとっての「ちょうどいい」を見つける作業でもあります。
たとえば、同じ500万円の可処分所得でも、
- 支出を350万円に抑え、150万円を投資に回す人
- 支出を450万円使い切り、残りを定期預金に置いておくだけの人
とでは、10年後の資産に大きな差が出ます。
収入を伸ばしつつ支出を最適化し、浮いた資金に“働いてもらう”設計を作る──それが、セミリタイア実現に向けた40代の戦術です。
7-2|昇進 vs 転職 vs 副業──時間あたり収益の「見える化」を
この年代になると、多くの人がキャリアに一定の経験値を持ちつつ、“次の10年”をどう使うかを考え始めます。
収入を増やす手段としては大きく3つあります。
- 昇進(内部ステップアップ):安定性は高いが、可処分所得の伸びは限定的
- 転職(外部マーケットでの再評価):条件改善の可能性はあるがリスクも伴う
- 副業(パラレルインカム):本業の影響を受けず、時間の切り売り以外の選択肢を持てる
この中で、40代が見落としがちなのが「時間単価の最適化」です。
たとえば:
- 年収100万円の副業でも、週5時間で達成していれば、時給換算で4,000円
- 一方、残業で毎月20時間働いて3万円増えても、時給1,500円
数字で見ると、「自分の時間をどこに使うのが効率的か」がはっきりします。
セミリタイアにおいては、**“お金の最大化”ではなく“時間と選択肢の最適化”**を意識することが、精神的な豊かさにもつながります。
7-3|住宅ローン借換え・保険見直し──固定費を一度で“年◯万円”改善する
支出を減らすうえで、最も効果的なのが「固定費の見直し」です。
変動しない費用だからこそ、一度見直すだけで**“ずっと得をし続ける”**構造を作れます。
たとえば:
- 住宅ローンの借換え:金利差が1%あれば、年間10万円〜30万円の返済削減も
- 生命保険の見直し:必要保障額の再定義で、毎月5,000〜1万円の圧縮も
これらは、「何となく入りっぱなし」「何となく借りっぱなし」になっているものの代表格です。
最近は、金融機関自身が公開しているシミュレーションを使えば、借換えによる総返済額の差や手数料を簡単に試算できるようになっています。
また、保険も“遺族保障”や“医療費”の観点から必要最小限を逆算するスタンスで選び直すと、無駄を削ぎつつ安心も確保できます。
生活コストを劇的に変えるのではなく、“じわじわ効いてくる節約”を積み上げることが、精神的なストレスを生まない最良のアプローチです。
7-4|“ゆる副業”でFIRE前提の「助走期間」をつくる
セミリタイアは、いきなり0か100かではありません。
- 月5万円を自分の力で稼げるようになった
- 週2日だけ働いて生活費をカバーできた
このように、**「完全リタイアに移行するための中間ステップ」**を踏むことが、FIRE実現のハードルを大きく下げます。
特に40代には、**「スキルはあるが時間が限られている」**という特性があるため、
- 過去の経験を活かしたオンライン講師
- 副業ライターやスキル販売(デザイン・動画編集など)
- 資格を活かした時間単価の高い副業
といった**“時間に縛られない”副業スタイル**が向いています。
ここでは「何をするか」よりも、“いつ・どこで・どれくらい”働けるかという視点での設計が鍵になります。
7-5|“貯めないと増えない”を仕組みで回避する
そして最後に。
セミリタイアのために投資をしている人でも、「実際は投資資金が増えていない」というケース、実はかなり多いです。
理由はシンプルで、「生活費を引いた残りを投資に回そう」と思っているから。
このスタイルでは、いつまで経っても資産は増えません。
私が強くおすすめしているのは、先取り×自動化の仕組み化です。
- 給与口座から自動で投資用口座へ振替
- クレジットカード決済で積立(ポイント還元付き)
- ボーナス月の積立上乗せ設定
これらは一度設定すれば、あとは何もしなくても「勝手に貯まり、勝手に増える」仕組みができます。
セミリタイアに向けた資産形成は、**“習慣ではなく、仕組み”**です。
意志の強さに頼らず、仕組みに任せる──この視点を持てるかどうかが、10年後に大きな差を生みます。
第8章|セミリタイア後のキャッシュフロー設計 ―― 年金・運用・取り崩しの黄金バランス
8-1|「55歳プチ退職モデル」vs「65歳年金受給モデル」の違い
セミリタイアと一口に言っても、その中身は人によって大きく異なります。
特に重要なのが、**退職と年金の“タイムラグ”**をどう埋めるかという視点です。
たとえば:
- 55歳で退職 → 年金支給まで10年間、すべて自己資金でカバー
- 60歳で退職 → 65歳まで無収入期間が5年
- 65歳まで働く → すぐ年金が始まるが、健康寿命を使い切る可能性も
この5〜10年の差が、資産寿命に最も大きなインパクトを与えるのです。
そのため、「いつ辞めるか」だけでなく、**「何歳から年金をもらうか」「その間を何で埋めるか」**までセットで考えることが必要です。
8-2|取り崩しルールで差が出る──定率/定額/動的ルールの使い分け
資産を取り崩す際に重要なのが、「いくら使ってもいいのか?」という基準設定です。
代表的なのが以下の3つ:
- 定額取り崩し:毎月一定額(例:月25万円)を引き出す
- 定率取り崩し:資産残高の4%など、比率で引き出す
- 動的ルール:市場環境や資産状況に応じて柔軟に変更する
4%ルールは米国発の指標で、「資産残高の4%を毎年取り崩せば、30年間資金が枯渇しにくい」という考え方ですが、日本では税制や市場構造が異なるため、適用には注意が必要です。
私がおすすめするのは、**“定率ベースで設計しつつ、定額と併用する”**ハイブリッドモデル。
たとえば、
- 基本生活費は月20万円を定額で引き出す
- 余裕資金から旅行・趣味費用を資産の3〜4%以内で追加取り崩す
というスタイルです。
これにより、「資産を守りながらも使う楽しみを諦めない」ライフスタイルが実現できます。
8-3|暴落耐性を考えた「収入源の分散」とそのバランス
運用収益だけに頼る生活は、市場が不調なときにストレスを感じやすくなります。
2022年のような株式・債券同時下落の年は、まさにそのリスクが現実化しました。
そこで重要なのが、収入源の分散です。
- 株式インデックス投資:成長性と分散性
- 高配当株・REIT:定期収入を確保
- 債券:下落時の緩衝材
- 現金:暴落時の生活安定費
このように、役割の異なる資産を組み合わせておくことで、暴落時でも“暮らし”を守れる構造が生まれます。
セミリタイアは、何もしないことではありません。
「減らさない努力」を仕組みで続けることなのです。
8-4|季節変動に備える──キャッシュフローの波を平準化する工夫
意外と見落とされがちなのが、**年間を通じた“出費の波”**です。
- 固定資産税、保険料年払い、子どもの進学準備費用
- 夏休み・年末年始の出費増加
- 冬場の光熱費・医療費の増加傾向
これらは、“月25万円で暮らせるはずだった”計画を簡単に崩してきます。
そのため私は、月ごとの支出予定をスプレッドシートで可視化し、季節変動を見越した「引き出し予算」を組むことを強くおすすめしています。
キャッシュフローの波を見える化しておくと、「今月は予算内だけど、来月は予備費を使おう」といった戦略的取り崩しが可能になります。
第9章|プランは作って終わりじゃない ―年次レビュー&相場変動シナリオで再調整

9-1|“最初の計画”は、常に「仮説」にすぎない
セミリタイアに向けて資産計画を立てると、「この数字ならいける」「もう大丈夫そうだ」と、つい安心してしまいがちです。
でも──数字というのは、“将来を保証するもの”ではなく、“現時点の仮説”にすぎません。
- 予想よりも長生きした
- 市場が想定よりも低調だった
- 医療費や介護費が早期に発生した
- 子どもの進学コースが変わった
- 収入が一時的に増減した
こうした変数は、必ず人生のどこかで現れます。
だからこそ、セミリタイア設計においては、「計画そのものよりも、見直す習慣」を持つことの方が重要なのです。
私はこの章で、セミリタイア後の不確実性に備えるための“再調整の技術”をお伝えします。
9-2|ストレステスト:リターンが想定−10%でも破綻しないか?
運用計画において、もっとも厳しい局面を想定するのが「ストレステスト」です。
例えば:
- 想定していた年率リターン:4%
- 実際のリターン:▲10%(1年で大暴落)
- その状態が2〜3年続いたと仮定した場合
- → 資産の何%が減るか?/生活費にどれだけ影響が出るか?
こうした**“ワーストシナリオ”に耐えられるか**を、1年に1度は検証しておくべきです。
近年では、2022年に株式・債券が同時下落する“想定外”が起きたこともあり、「多様なシナリオでリスクを視る」ことが求められています。
また、過去の暴落後に資産がどれくらいで回復したかを参考に、「待つ力」があるかどうかも再点検しておきましょう。
9-3|インフレ・為替・金利──マクロ環境の変化を見逃さない
将来の資産設計においては、生活コストの上昇もまた、見逃せないリスクです。
日本では2020年以降、CPI(消費者物価指数)が年平均2〜3%で上昇しており、実質賃金が目減りする状況が続いています。
たとえば、以下のコストは2020年比で
- 食品価格:+15〜20%程度
- 電気代・ガス代:+20%~30%程度
- サービス価格:人件費上昇で今後も高止まり傾向
こうした影響を受けて、「現時点の生活費」は、5年後・10年後には1.2倍〜1.5倍になる可能性があります。
また、為替の影響を受けやすい外貨資産や海外ETF、円建ての預金価値なども含めて、“円の購買力”でポートフォリオを再点検する視点が欠かせません。
さらに、金利上昇局面では住宅ローン返済や資産評価に思わぬ変化が出るため、「固定金利/変動金利」「資産と負債のバランス」も見直しポイントです。
9-4|健康・介護リスクに備える「家族会議」という再設計の場
セミリタイア後に直面しやすいのが、「想定外の健康トラブル」です。
- 自身の病気・事故による療養や入院
- 配偶者の医療費や介護への対応
- 親世代の介護突入による家計負担と時間拘束
これらは、**数字では計画できない“生活の変化”**を強制してきます。
そこで私が勧めたいのが、「年に1度の家族会議」です。
- 資産残高の共有
- 年間支出の変化点確認
- 保険や年金、後見制度の点検
- 任意後見契約や財産の管理者について話し合う
特に、任意後見制度や法定後見制度といった**“認知症対策の仕組み”**は、元気なうちに備える必要があります。
こうした会議は、「何かあってから困らない」ための“備え”であり、家族全体の心理的安心感を高める手段にもなります。
9-5|5年ごと/1年ごとのリバランスと「撤退基準」の設定
最後に、“撤退基準”について触れておきましょう。
多くの人が、**「いつまでセミリタイアを続けていいのか」**を明確にしないまま、不安を抱えて過ごしています。
私はこれを、**「リバランス計画」と「撤退ラインの数値化」**によって可視化することを提案しています。
具体的には:
- 年1回:支出・資産の年間推移をチェック
- 5年ごと:資産寿命の再シミュレーション、ポートフォリオ調整
- 撤退ライン例:「資産が3,000万円を切ったら副業再開」「年金開始まで残り5年なら生活費を月◯万円に圧縮」など
このように、“自分で決めたルール”を持っておくことで、感情ではなくロジックで判断ができるようになります。
不確実な未来に対する“対話の軸”を持つこと。それが、セミリタイアを長く穏やかに続ける最大の武器です。
まとめ|「40代からの選択」は、10年後の自分を助ける
最後に、この記事をここまで読んでくださったあなたへ。
もし今、セミリタイアを考えている自分に**「まだ間に合うかな…」という不安**があるのなら──
どうか、その気持ちごと肯定してあげてください。
40代は、「遅すぎる」どころか、最も多くの選択肢が残されている年代です。
- キャリアの再構築もできる
- 子育ても終盤に差し掛かり、生活に変化が出てくる
- 自分の“健康”と“時間”を主体的に使える初めての時期でもある
もちろん、現実には乗り越えるべき壁もあります。
教育費、介護、健康、老後の資金──
それでも、本気で向き合えば、プランを立てることはできる。
このガイドが、あなたの思考を整理するきっかけになれば嬉しいです。
そして、「セミリタイア=すべてを手放すこと」ではなく、
「人生の時間配分を、自分の手に取り戻すこと」だと気づいていただけたなら、それが何よりの成果です。
※免責事項
プライバシー保護のため、文中のエピソードは一部再構成しています。
投資には元本割れリスクがあり、利回りや運用実績は将来を保証するものではありません。
制度・サービスに関する情報は2025年時点の内容であり、将来的な変更の可能性があります。
出典・参考:
厚生労働省年金局|厚生年金保険・国民年金事業の概況
文部科学省|私立大学等の令和5年度入学者に係る学生納付金等調査結果について:文部科学省
総務省統計局|統計ヘッドライン12月号 No.178
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